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宇宙科学の最前線

観測ロケットを用いた超高層大気領域の研究 太陽系科学研究系 准教授 阿部 琢美

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S-520-23号機実験(WINDキャンペーン)

 最初に述べたように、高度100〜300kmの熱圏下部においては中性大気と電離大気(プラズマ)が共存しますが、これらの大気粒子間には相互の衝突があるため、運動量の交換が行われます。中性大気粒子は電磁気的な力を受けずに運動するのに対し、電離大気粒子は磁力線を横切る方向に移動しにくいため、おのおのは別の方向に運動しながら衝突により力を受けるので、密度や電磁場に依存して複雑な運動を行うようになります。このような粒子間の衝突や電場を介した運動量の交換(輸送)は理論的には古くから研究がなされてきたのに対して、観測的・実験的な検証は不十分なままで、キーとなるパラメータが同時にかつ直接的に観測された例はほとんどありませんでした。

 S-520-23号機実験の目的は、熱圏下部において電子密度、イオンの密度と運動速度、電場と中性大気の風(運動)の直接観測を実施し、中性大気−電離大気間の運動量交換を理解し、さまざまな現象の生成と発達に与える輸送過程の役割を解明することにありました。

 この実験で注目を集めたのは、ロケットから放出されたリチウム蒸気の発光雲の連続撮像による中性大気風の観測です。この種の風の測定法は極めて限られており、リチウムを用いた方法もここ30年ほど途絶えていましたが、本実験のために日本が開発し成功したために世界の研究者から引き合いが来ています。図4は内之浦で撮影されたリチウム発光画像ですが、風は発光領域の時間的な変化から推定します。画像の詳細な解析結果から高度120km付近を境に風の向きと大きさが急激に変わる速度シアーと呼ばれる領域が見つかったことが大きな特徴でした。

図4
図4 内之浦で撮影されたリチウム発光の連続画像(提供:北海道大学、高知工科大学)


 S-520-23号機実験には、もう一つ「気象・海洋現象の超多波長イメージング」というミッションがありました。これは高度100km以上から積乱雲および海洋領域を1nmごとの超多波長で撮影し、水蒸気輸送や河川の水流入とプランクトンの分布を、高精度で捉えることを目指したものです。残念ながらカメラを対象物に向ける機能がうまく動作しなかったために、当初の目的は達成できませんでしたが、貴重なデータが得られています。

 このように、観測ロケットは超高層大気領域に関する我々の理解を深めるために用いられています。より深い理解のために必要な観測手法を考案し、新たな測定器を開発し、ロケットに搭載して飛翔データを取得する、という一連の流れを短期間で実現可能なことも観測ロケット実験の醍醐味の一つです。今後も皆さまのご理解とご協力を賜りたく、よろしくお願い致します。

(あべ・たくみ)



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