宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > 宇宙科学の最前線 > 観測ロケットを用いた超高層大気領域の研究

宇宙科学の最前線

観測ロケットを用いた超高層大気領域の研究 太陽系科学研究系 准教授 阿部 琢美

│2│

S-310-35号機実験(DELTAキャンペーン)

 高緯度地方で見られるオーロラは、高い高度から降り込んでくる電子が熱圏下部(高度約100〜120km付近)に存在する大気粒子を励起(エネルギーの高い状態に移す)した後、そのエネルギーが解放されるときに生じる発光現象です。このようなオーロラ降下粒子や電磁力による加熱現象は熱圏大気に大きなエネルギーをもたらし、その結果として大気の運動(風)が駆動され、鉛直上方や水平方向に特徴的な構造を持つ風系を引き起こすという報告があります。同時に、著しい速度シアー(狭い距離で急激に風の方向や速度が変わる)の存在など、多くの未解明の問題が浮かんできました。

 S-310-35号機実験の目的は、オーロラが発生している領域で大気(窒素分子)の温度や密度、オーロラ発光強度をロケット搭載機器により観測し、同時に地上の設備を用いてイオン温度や密度、中性風、オーロラ発光分布などを観測し、オーロラ発生時の熱圏大気の力学とダイナミクスの解明を行うことにありました。本実験はこのように「オーロラ現象に伴う大気の運動の解明」を主目的とするため、ロケットは高緯度(緯度約69度)に位置するノルウェーのアンドーヤロケット実験場から打ち上げられました。

 観測結果の一例を紹介すると、窒素分子測定器から求めた値と本研究分野で最もよく使用されている大気モデルであるMSISを比べると、窒素分子の回転温度は高度110kmにおいて70〜140K高く(図2参照)、数密度は高度95kmで70%、高度140kmで10%低いことが分かりました。窒素分子の温度が実際にこれだけ異なるとすれば中性大気−イオン間の衝突周波数が大きく異なることとなり、中性風、電離圏電流、エネルギー輸送率の再考を促すことになります。

図2
図2 窒素分子温度の高度プロファイル


 また、地上観測から得られた大気の鉛直上昇流や窒素分子の高い温度はEISCATレーダー観測に基づいて計算された加熱率と詳しい比較が行われ、加熱率の変化の後に比較的短時間で上昇流が発生していたことや、風の速度は降下粒子などによるエネルギー流入率と関連性を持つことが明らかになりました。

S-310-37号機実験

 地表面からの高さが約100〜120kmの領域での大気温度はおよそ200〜400Kであり、電離した大気であるプラズマの温度は同程度か多少高めの値であることが、これまでの観測から明らかになっています。しかし以前、内之浦から打ち上げられた観測ロケット観測により、特殊な条件のもとでプラズマ中の電子の温度が通常の数倍にも上昇することが報告されています。その後の研究により、このような高温領域はSq電流系と呼ばれる電離圏を水平方向に流れる電流の中心付近に位置し、図3に示すような南北両半球にそれぞれ存在するSq電流系を結ぶように流れる沿磁力線と関係があるらしいとの研究報告がなされました。S-310-37号機実験の目的は、この高電子温度層生成メカニズムを解明することにありました。

図3
図3 Sq電流系中心の高電子温度層


 本実験では沿磁力線方向の電子加速が加熱を引き起こしているであろうとの予想から、新たに開発された超熱的電子エネルギー分析器と3対から構成される電場計測器が中核的役割を果たすこととなりました。新規測定器の性能実証という観測ロケット実験が持つ大事な役割を有効に使った実験です。

 実験結果ですが、電子温度測定器およびラングミューアプローブが当初のもくろみ通りに高度95〜101kmに背景よりも約500〜600K高い高電子温度層の存在を捉えました。ところが、微小空間スケールの電子密度変化を観測するために搭載した固定バイアスプローブが、電子温度上昇域を含む高い高度(97〜120km)までの領域において数百Hzの激しい電子密度擾乱を捉えたことは予想外の収穫でした。これは空間スケールで数mに相当し、プラズマ不安定現象の存在を強く示唆するものです。さらに、1)電子密度擾乱はSq電流系の中心に近いほど激しい、2)擾乱はロケットスピンによる変調を受けている、という観測事実は、現象の空間分布や擾乱異方性の存在を示唆するもので、特異な空間であることを物語っています。

│2│