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宇宙科学の最前線

ブラックホールの美 JAXAインターナショナルトップヤングフェロー 高エネルギー天文学研究系 Gandhi Poshak

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 イギリスの詩人バイロン卿は、「真実は小説よりも奇なり」と言った。宇宙には、気が遠くなるようなスケールの現象や幻惑的な美しさを持つ光景、人類の想像を絶する爆発的な力が存在する。しかし、そのどれよりも不思議なのはブラックホールである。時空を無限に湾曲させるほどの大きな重力と、迷い込んできたすべての物質や光さえも飲み込む貪欲さを考えれば、ブラックホールが死や破壊を連想させるのも無理はない。

 しかし、ここ数十年の発見により、ブラックホールに対する我々の考え方は完全に覆されてしまった。今では、誕生と進化が破壊的な力と密接に結び付いていることが分かっている。また、ブラックホール近傍で輻射やエネルギーがこれまで知られていなかった過程で生成されること、ブラックホールの巨大な力によってのみ可能となる美しい過程も明らかになっている。ここでは、そうしたブラックホールに対する新たな描像を簡単に紹介したい。


図1
図1 チリの超大型望遠鏡の前で小さく見える筆者


超高速で変動するブラックホールの明るさ

 太陽よりはるかに大きな質量を持つ星が核融合によって水素やそのほかの元素を消費し尽くしてしまうと、後には暗くて非常に重く小さい物体が残る。これがブラックホールである。しかし、そもそも暗黒の宇宙空間で「黒い物体」をどうすれば見つけられるのだろうか。非常に重くて小さいというブラックホールの性質そのもののために、上手に観測を行うと、そのすぐ近くが「見えて」くることが分かったのである。

 第一に、ブラックホールは重力がとてつもなく強いため、周辺の物質はブラックホールに落下、すなわち「降着する」とき、数百万度の温度に熱せられる。このような高温では、あらゆるガスはX線や紫外線で明るく輝く。我々の銀河系にある小さなブラックホールでさえ、太陽が50年間で放出するのと同じエネルギーのX線を1秒間に放射する。第二に、ブラックホールは非常に小さく(東京とほぼ同じ大きさ)、光は一瞬で横切ることができる。そのため、ブラックホールに降着する物体からのX線放射は極めて短時間(まばたきよりも短い時間)で容易に変動する。実際、明るく変動するX線放射を手掛かりとして新しいブラックホールを発見することは、今では普通に行われており、これはX線天文学の過去20〜30年の進歩に決定的な貢献をもたらしている。

 一方、ブラックホールはX線以外の既知の波長の光、すなわち電波、可視光、ガンマ線なども放出することが知られている。最近私は、ブラックホールからの変動する可視光放射の起源を明らかにする研究に取り組んでいる。私は世界各国の天文学者と協力して、「超高速」天体カメラを使用して銀河系にあるいくつかのブラックホールを観測し、可視光の高速フレアを発見した。ある特異なケースでは、ブラックホールの明るさがわずか1/20秒で2倍になった(図2)。太陽の明るさがこれほど急激に変化すれば、地球上の生命に壊滅的な影響をもたらすだろう。このような急激な変化は、可視光の放射領域が非常に小さく、ブラックホールの近くにある場合にのみ起こり得るものである。一般に、ブラックホール周辺の温度は非常に高く可視光を発生しにくいと考えられているため、これは意外な結果であった。


図2
図2 ブラックホールにおける高速フレア
伴星の表面からガスをはぎ取るのに十分なほど強い重力を持った銀河系のブラックホールを長時間観察した場合における2つの「瞬間」を示している。左図では、ブラックホールの円盤とジェットは非常に明るく、右図ではその明るさは約3 分の1 である。イラストは想像図であり、実際の明るさの測定結果は下のグラフに示した。ブラックホールの明るさは、1/20 秒という短時間のバーストやスパイクで劇的に変動する。


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