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宇宙科学の最前線

惑星間航行・編隊飛行のための宇宙機軌道設計 京都大学 宇宙総合学研究ユニット 特定助教 坂東麻衣

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 宇宙機が宇宙空間を航行するために効率の良い道筋を決めることを「宇宙機の軌道設計」といいます。宇宙機の軌道の設計はどんな宇宙ミッションにも必要不可欠で、その研究は古くから行われてきました。本稿では惑星間航行や地球周回編隊飛行を行うための宇宙機の軌道設計について、これまでの研究とは少し異なる観点から紹介したいと思います。

膨大な情報を効率よく扱う

 近年、小惑星アポフィスの発見などにより、地球に接近して衝突する可能性のある小惑星のサーベイ観測や、地球衝突回避のための研究が活発に行われ始めています。「軌道設計」という観点から考えると、これまでの軌道設計では扱い切れない問題に直面することになります。まず、これまでの惑星探査では、宇宙機が行くべき対象は木星や金星など数が限られており、探査すべき対象も特定されていました。ところが地球軌道近傍に存在する小惑星の中から限られた燃料・時間でできるだけ多くのものを観測したい、というような要求の場合、「どの対象に」「どの順番で」「いつ」「どのような」軌道を取るのかを設計しなくてはいけません。そのため、膨大な情報を効率よく扱う軌道設計論が必要となってきます。これまでの軌道設計では行くべき対象は決まっていたので、「膨大な情報」を「効率よく」扱うことには不向きでした。そのため私が注目して研究を行っているのが、「母関数」を用いた軌道設計です。

「母関数」を用いた軌道設計とは

 まず、従来の設計方法について簡単に説明したいと思います。中心天体の重力のみで運動する宇宙機が、初期位置から目標位置に決まった時間に移行する軌道を見つける、という問題を考えます。宇宙機の軌道は、ある時刻での「位置」と「速度」を決めることで決定します。初期位置と目標位置が与えられているときには、そこをうまく通るような「速度」を求めることになります。これは、ランベール問題と呼ばれる軌道力学の基本的な問題です。古典的な方法では、軌道の幾何学的形状をもとにして繰り返し計算を行って、条件に合う速度を求めていました。しかし、たくさんの小惑星を順番に訪れる軌道を見つけようとすると、時々刻々動く小惑星に合わせて初期位置や目標位置を変えるたびに、軌道を決め直さなければいけません。このような無駄を省くために、初期位置や目標位置を代入すれば、求めたい答えである速度が出てくる「式」を導くことができたら便利です。言い換えれば、初期位置や目標位置を変数として速度を表す「関数」を知ることができたら、位置を変えたら速度はどう変わるかを調べたり、速度が最大値、最小値になるための位置を求めたりするといった「関数」としての扱いが可能になるのです。それが、次に紹介する「母関数」による軌道設計です。

 コロラド大学のDr. Scheeresらにより提案された方法では、運動を表すのにハミルトン形式と呼ばれる運動方程式を用います。これは基本的にはニュートンの運動方程式と等価であるものの、アプローチはかなり違います。ニュートンの運動方程式では「速度」は「位置」を時間で微分したものという位置付けですが、ハミルトン形式では「位置」と「運動量(速度)」を対等な独立変数として運動を調べます。しかもハミルトン形式では、位置や速度ではない量でも独立変数として使うことができます。初期位置や目標位置という時間によって変わらない定数を独立変数にとって、運動を表すことができるのです。ただし、同じ運動を表すためには、新しい変数は元の変数である「位置」「速度」と特定の関係になければなりません。この関係を与えるのが「母関数」で、これが求まれば、まさに軌道を求めるために必要な速度が、初期位置や目標位置の関数として表されるのです。

 これまでの軌道設計では「境界条件→軌道」という順番で決まっていたのに対して、母関数の方法では、「軌道(母関数)→境界条件」というように設計の順番が逆になります。図1に、母関数を用いて軌道を求めた例を示します。従来の設計法では、初期位置などの条件を決め、軌道の一つ一つを求めていたのに対して、母関数による方法ではそれぞれの軌道は直接求めず、母関数をつくっておいて、あとは必要な境界条件を与えれば、条件を満たすすべての軌道が求まるのです。図1では、いろいろな初期位置に対して終端速度を0とする軌道を求めています。


図1
図1 母関数から求めた軌道(速度)


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