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宇宙科学の最前線

人工衛星で探る太陽コロナ加熱の謎 国立天文台 ひので科学プロジェクト 助教 勝川行雄

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太陽観測の黄金期

 1990年代以降、人工衛星からの太陽観測が本格化した。日本は、1981年の「ひのとり」に始まり、1991年に打ち上げた「ようこう」で、太陽観測の黄金期をリードした。その後、世界的に太陽観測衛星による観測が本格化し、代表的なところでは、「SOHO」「TRACE」は今でも運用を続けている。2006年から日本の「ひので」が運用を開始し、再び世界の太陽観測をリードしている。
 私が太陽の研究を始めた1999年には、「ようこう」「SOHO」「TRACE」の3機の人工衛星が活躍しており、また、「ひので」(当時はSOLAR-Bと呼ばれていた)の開発も走り始めたときであった。恵まれた時期に太陽研究の世界に入った。
 なぜ太陽を観測するのか。それは、多様なプラズマ現象の物理を探る格好の対象だからである。太陽の外層大気には、100万度以上の高温のプラズマ「コロナ」が恒常的に存在し、フレアと呼ばれる爆発現象が発生すると、1000万度を超える超高温プラズマや高エネルギー粒子が生成される。このようなプラズマ現象は、ほかの恒星、惑星磁気圏、惑星間空間、銀河、銀河団という宇宙のあらゆる空間スケールにわたって存在するもので、何も太陽が珍しいわけではない。太陽がオンリーワンであるのは、空間的に分解し詳しく観測できる唯一の恒星だからである。それによって、高温プラズマの物理量やその空間的な分布を、さらにはプラズマ現象を理解する上で欠かせない磁場を診断することができるのである。
 人工衛星による太陽観測が盛んになったことで、太陽プラズマ現象に関する理解は着実に深まってきた。ここでは特に、コロナ加熱の観測的研究に焦点を当てる。


図1
図1 「ひので」X線望遠鏡(XRT)で観測した太陽コロナと、太陽観測の黄金期を支えた太陽観測衛星たち左上から、「ようこう」「ひので」「SOHO」「TRACE」。

太陽コロナ加熱の謎

 太陽表面(光球)の温度は約6000度であるが、そのわずか数千km上空には、数百万度のコロナが存在する。温度の異なるガスの間で、磁力線がエネルギーを運搬していると考えられている。このような興味深い状況がつぶさに観測できるようになったこと、それが太陽プラズマ研究の醍醐味であろう。しかし、なぜ高温のコロナができるのか、加熱メカニズムの最終決着にはまだ至っていない。
 太陽コロナの加熱メカニズムとして、「ナノフレア加熱説」と「波動加熱説」の2つが有力な候補であると考えられてきた。ナノフレア加熱説とは、極めてエネルギーの小さな爆発(小さなフレアの意味で、「ナノ」フレアと呼ばれる)が無数に発生し加熱するという説である。一方、波動加熱説は、光球における対流が波を励起し、上空に伝わり加熱するという説である。どちらも一長一短があり、決着はついていない。例えば、ナノフレア加熱の場合には、フレアで発生するエネルギーをすべて足し合わせても、コロナを加熱するために必要なエネルギーを賄い切れないことが判明している。波動加熱の場合には、光球からコロナへと波動が伝播する様子が観測されていないし、上空に伝播した波がどのように散逸するのか理解できていない。コロナ加熱の鍵を握っていると考えられているナノフレアも波も、極めてエネルギーの小さな現象であるため、個々を分解して観測するのはなかなか難しい。これが、長年コロナ加熱が謎であった一因であろう。
 見えていない現象をどのように観測的に調べていくか、それが研究者の腕の見せどころである。2つのアプローチでコロナ加熱の観測的研究に挑んだ。(1)個々の現象が分解できないなら、その集合を解析することで微小な現象を調べることができないか。(2)新たな観測装置を使ってこれまでは見えなかった小さな現象に挑む。


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