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宇宙科学の最前線

宇宙(そら)に航路を拓く

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スイングバイいろいろ

 スイングバイを用いたミッションとしては、米国のボイジャー計画が有名です。外惑星で次々にスイングバイを行い、最後には太陽系を脱出したボイジャー計画からは、「スイングバイは加速のために用いるもの」「スイングバイは惑星が特別な並び方をしている場合にしか使えないもの」という印象が強いかもしれません。しかし実際の軌道設計では、もっといろいろな目的で、もっといろいろな場面でスイングバイを使います。ここでは私の研究の中から、スイングバイを用いた軌道を3例ほど紹介したいと思います。

 2007年9月に打ち上げられた「かぐや」は、その約3週間後、当初の計画通り月周回軌道に無事投入されました。その一方で、万が一の事態に備え、事前に入念な準備がなされていました。その一つが「メインエンジンを使用できなくなった場合の軌道」です。もしも何らかの理由でメインエンジンを使用できなくなった場合には、その代替として小型スラスタを使用する計画でしたが、その性能の違いから、小型スラスタの使用に合わせた大幅な軌道の変更が必要だったのです。図1が、このときに準備した軌道です(月到達前の周回軌道は省略しています)。この軌道のポイントは、小型スラスタで「かぐや」を月周回軌道に投入するために、「かぐや」が月に接近する速度をできるだけ小さくすることにあります。そのため、最初の月接近時には月をいったんやり過ごし、月スイングバイを用いて遠地点高度約100万kmに達する大きな軌道に「かぐや」を投入します。そして、太陽重力による摂動を上手に利用し、2回目の月接近時の接近速度を十分小さくしています。この太陽重力による摂動を利用する方法は「ひてん」や「のぞみ」の軌道でも用いられました。


図1

図1 メインエンジンを使用できない事態に備えて準備していた「かぐや」の軌道

 太陽系の天体の多くは、地球の公転面(黄道面)とほぼ同じ面内を運動しています。したがって、これまでの深宇宙探査も、ごく一部の例外を除けば、ほぼ黄道面内に限られてきました。黄道面の外の環境や、そこから見る太陽系の姿は、我々にとって未知の領域です。そこで、黄道面から大きく傾いた軌道に探査機を送り込む軌道を考えました。そのような軌道に探査機を送り込むのは大変なことで、必要な増速量は秒速20kmを超えます。これを実現するために、打上げロケットの能力と、イオンエンジンによる増速を最大限に利用した軌道を創りました。図2は、だんだん傾斜角が大きくなっていく軌道を、ちょうど真横から見たものです。この軌道のポイントはイオンエンジンの増速能力を最大限に引き出すことにあり、その観点から各周回中の増速方向を設定しています。しかし、そのままでは獲得された速度が傾斜角の増加に寄与しないので、1年おきの地球スイングバイを用いて探査機の速度を適切な方向に変更しています。イオンエンジンにより効率よく獲得された速度を、スイングバイを用いて望みの方向に向けるという方法は、「はやぶさ」の軌道でも用いられました。

図2

図2 黄道面から大きく傾いた軌道に探査機を送り込む軌道


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