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宇宙科学の最前線

多彩な科学観測ミッションに応える新たなアンテナ 過酷な環境下に耐える通信の要

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アンテナの役割と重要性

 衛星や探査機からの観測データは真空の宇宙空間も伝わる電波に乗せられて地上局に届けられ、地上からの指令コードも電波に乗せられて衛星や探査機に送り届けられます。電波を送信、受信するのがアンテナであり、さながら電気信号と電波間の変換装置といえます。無線通信ではアンテナの放射特性が通信の成否を左右することになり、観測データを取得するためにはアンテナの特性が重要になります。アンテナは受動装置ですから、電力を消費せず発熱もしません。アンテナ系の最適設計は、宇宙機の最適設計とスリム化に通じることとなります。

科学観測宇宙機アンテナの特徴

 近地球周回衛星はほとんどの場合、どのような姿勢でも地上との通信が成り立つ必要があり、全方向性のアンテナが要求されます。しかし、全方向性アンテナの放射特性は構体の影響を受け、構体もアンテナの一部と考えなくてはなりません。形が常に変わる観測衛星ではその都度、特性が満足なものかどうかを考え最適化していく必要があり、設計する上で苦労するところです。

 惑星探査機では、地上局との距離が1AU(AU=天文単位、地球と太陽の平均距離で約1億5000万km)を超えることもあります。電波の電力密度は距離の2乗に反比例して拡散し薄まるので、静止衛星の約4万kmに比べると、実に1400万倍もの電力密度の差が生じます。そこで、全方向性の低利得アンテナのほかに、電波が放射する指向性を絞った中利得のアンテナや高利得のアンテナが必要となります。冗長性と信頼性の観点から、これらを2系統、3系統で構成するのが一般的な設計で、地球対向姿勢に応じて切り替えて運用されます。

 搭載アンテナは、要求される電気特性を維持しつつ厳しい重量制限の中、小型軽量化を図り、収納性なども考慮した上で厳しい打上げ環境に耐え、さらに外部に露出せざるを得ないためプロジェクト特有の宇宙環境(放射線、紫外線、温度サイクルなど)にも自ら耐えなければなりません。


過酷な宇宙環境から新たな創造へ
半球状放射アンテナ

 近地球周回衛星はほとんどの場合、どのような姿勢でも地上との通信が成り立つ必要があり、全方向性のアンテナが要求されます。しかし、全方向性アンテナの放射特性は構体の影響を受け、構体もアンテナの一部と考えなくてはなりません。形が常に変わる観測衛星ではその都 全方向アンテナは通常、おのおのが半球面方向の送受信を受け持つ2素子のアンテナで構成されますが、従来の全方向性アンテナではその2素子の中間面で利得が低下し、遠距離通信ではさらに中間面方向に放射する3個目のアンテナが必要となる場合があります。2素子構成で実現できればよりシンプルとなり、信頼性が向上します。惑星探査機などの深宇宙ではX帯(7.1GHz/8.4GHz)の周波数が使用され、送受信共用化のためには送受信周波数に対して約17%の広帯域性と、地上系の偏波(電波の振動方向)と同じ円偏波にすることが必要です。従来では横方向偏波の利得が低く、帯域も10%程度でした。2素子で全天をカバーする理想的なアンテナ放射特性は、半球状の指向性です。これらの困難な要求を満足し、しかも内惑星探査機に課せられる過酷な熱環境に耐えるアンテナの実現には、今までの流れとは違う新しい発想が必要でした。

 そこで考えられたのが、小さなホーンに誘電体のレンズを取り付け広角な放射パターンを成形する方式です。今までは指向性を狭くするために使用されてきた方法なのですが、今回これを、逆に半球状に近い広角放射特性を成形するために応用しました。レンズ部の誘電体には耐熱性、耐放射線性などを考慮し、ポリイミド成形体を採用しています。ホーンは広帯域特性があり、ロスの少ない導波管構造の円偏波給電系との結合も容易です。

 このような考えに基づき試作したのが図1のアンテナです。理論計算と数値解析を重ねることで、最終的な形状を算出しています。図1aは単体の写真で先端部の黄色いところがレンズ部です。図1bは原理図とホーンアンテナのレンズによる放射特性の変化を示しています。レンズの効果で非常に広角なほぼ半球状の放射パターンを実現することができました。図1cは金星探査機PLANET-C搭載モデルの特性測定の様子です。


図1
図1a レンズアンテナエンジニアリングモデル
図1b 原理図とレンズによる効果
広角レンズアンテナの原理と、ホーンアンテナとレンズアンテナの放射特性の比較を示す。レンズによりほぼ半球状の放射特性が広がっているのが分かる。
図1c 金星探査機搭載モデルの特性測定
縮尺1/2モデルにより、探査機構体の影響を含めた放射特性を電波無響室内で測定している様子。ほぼ中央部に突き出しているのがレンズアンテナ。構体の影響を少なくするため、構体からアンテナを少し上げている。


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