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宇宙科学の最前線

「すざく」が追う謎の「暗黒加速器」の正体

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「すざく」で正体を探れ!

 「暗黒加速器」の正体を想像ではなく科学的に見極めるには、ほかのさまざまな波長で暗黒加速器周辺を詳しく観測し、対応天体を発見することが最も重要です。先ほど「対応天体がない」と書きましたが、本当に「暗くて」見つからないのか、単に「観測していない」から見つかっていないだけなのかも、分かっていないのです。
 くしくも暗黒加速器が発見された2005年は、日本のX線天文衛星「すざく」が打ち上げられた年です。そして、「すざく」は、現在欧米の運用するX線天文衛星に比べて低ノイズ観測ができるため、X線では暗いと予測される暗黒加速器からの微弱なX線をとらえるのが得意です。また、もし暗黒加速器がかに星雲のような、星が爆発して死んだ後に残るとても密度の高い星(中性子星)やそのまわりの星雲だった場合、「すざく」に搭載されている硬X線検出器は時間分解能が良いため、中性子星の自転運動を発見できるかもしれません。
 そこで我々は、打上げからわずか2ヶ月後に、暗黒加速器候補の一つHESS J1616-508を「すざく」で観測しました。衛星から下りてきたデータをわくわくしながら開けると、そこには明るい天体は何も写っていません。この暗黒加速器は、X線では「本当に」暗いということを発見した瞬間でした。より詳細なデータ解析から、X線での放射エネルギーはTeVガンマ線の2%しかないことが分かりました。実はこれは、3年前から現在まで、いまだに破られていない「暗黒加速器記録」です。「すざく」はX線で「見えない」ことを利用して、暗黒加速器が本当に新しい種族の天体であることを示したのです。
 しかし、さすが21世紀の大発見「暗黒加速器」、これだけでは終わりませんでした。次に「すざく」で観測した暗黒加速器候補HESS J1804-216の中心からは、暗いながらもX線天体が見つかったのです。何か手掛かりをつかんでうれしいような、ちょっとがっかりしたような……。複雑な気持ちで観測した3番目の暗黒加速器候補HESS J1614-518の「すざく」画像には、TeVガンマ線での放射と同じくらいに広がったX線放射が写っていました。三者三様、見事にばらばらです。「すざく」はこの後も次々と暗黒加速器候補を観測しています。すると、ガンマ線では同じように見えていた暗黒加速器候補が、X線ではさまざまな顔を持つことが分かってきました。TeVガンマ線と同じような形状をしたもの、それよりコンパクトなもの、明るい位置がずれているもの……。分類してみると、いくつかのパターンに分かれてきます。
 SN1006のような超新星残骸というのが一番あり得るとされてきましたが、超新星残骸だとはっきり確定したのは、1天体しかありませんでした。X線では本当に暗かったのが数天体。これらは、宇宙線が分子雲にぶつかってTeVガンマ線でだけ光っているのではないかと考えられていますが、いまだに直接的証拠はつかめていません。そして半分近くを占める10数天体からは、「すざく」の低ノイズ観測のおかげで、TeVガンマ線放射に近い形の、ぼんやり広がった放射が見つかってきたのです。我々は、これらの広がった天体の多くは、中性子星やそのまわりの星雲ではないかと考え、調査を続けています。実際、HESS J1837-069という暗黒加速器候補の位置にあるX線天体から、「すざく」は時間分解能の良さを活かして、かに星雲のような70ミリ秒程度の周期変動を発見しました。これは、暗黒加速器の中に隠れていた中性子星がものすごい速さで自転している様子が見えてきたものだと、我々は考えています。



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図2 中性子星とそのまわりの星雲が正体だと分かった「元」暗黒加速器HESS J1837-069。カラーと等高線はそれぞれ「すざく」とHESSの画像。左下は「すざく」でとらえた、中性子星が高速回転することで明るさが変わる様子。


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