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宇宙科学の最前線

上手な衛星姿勢制御系の作り方「れいめい」衛星開発日記

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 運用前チェックのためのもう一つの道具は,衛星ダイナミクスを計算するパソコンと,各種センサなどの電気信号を模擬できる装置,そして搭載計算機の試験モデルからなるもので,いわば「ハードシミュレータ」とでも呼ぶべきものです(図3)。このハードシミュレータのよい点は,例えば,搭載計算機に起因する細かい問題点まで見つけられることです。その代わり,24時間分の衛星挙動チェックには実際に24時間かかる,という欠点もあります。ですから,初期運用時や初めて行う特殊な運用の前に,この「ハードシミュレータ」を用いたチェックを行っています。例えば,初期運用時には衛星運用装置の横にこのハードシミュレータを置き,運用前にまずこれに送信予定コマンドを送ってみて,問題がないことを確認する手順となっていました。

 実際に,問題あるコマンドを見つけて回避した経験もあります。「ある順番でコマンドを送信すると,コンパイラ起因の問題を誘発して計算機がハングアップする」という問題だったのですが,各コマンド自体はそれぞれ地上試験で試験済みだったため,直前まで問題に気付きませんでした。個人的な意見ですが,ソフトウェアの問題にはこのように複雑な条件が絡むものが多く,これを地上試験ですべて網羅するのは,ほとんど不可能だと思っています。ですから,重要機能に絞って徹底的な試験をすることと,ソフトウェアのバグは残っていると覚悟して運用前のチェック機能を充実させることが,肝要であると感じています。



図3
図3 「ハードシミュレータ」一式。左上に見えるのが搭載計算機の地上試験モデル。


苦労した点,反省点は?

 うまくいかなかった点,反省すべき点についても触れてみたいと思います。

 個人的な「れいめい」衛星開発の反省は,開発に時間がかかった点です。小型衛星といいながら,私が参加してからでも4〜5年ほどの時間を費やしてしまいました。新規開発の衛星,経験の浅い若手の参加などの事情はあるのですが,今後の衛星開発,特に小型衛星の開発には,もっと短期間の開発が要求されると考えています。時間がかかった理由の一つは,小型化のために計算機を統合化した点も挙げられるかもしれません。大容量のFPGAに数多くの機能を詰め込むことは,小型化・低コスト化のために大きな効果がある方法ですが,少なくとも「れいめい」衛星においては,さまざまな不具合の原因ともなりました。これが私たちの腕の問題だったのか,あるいは本質的な問題なのかは分かりませんが,他山の石の一つとはなる事例かもしれません。

 計算機統合の別の問題として,ソフトウェア開発環境が1台か,せいぜい2台程度しかなく,各サブシステム開発のために取り合いのような状態になったことも挙げられます。昼は姿勢制御ソフト開発,夜はテレメトリ・コマンドソフト開発といった2交代制まで採用しましたが,それでも時間がかかったように思います。

 搭載計算機上でのデバッグが容易ではなかったことも,時間がかかった一つの要因です。このように,ソフトウェア開発や検証のための道具はきちんと用意するべき,というのも,一つの反省点だと思います。ハードウェアの試験についても,同様に,今後は自動試験装置などが必要になってくると感じています。



おわりに

 衛星開発コストが増大し,一方ではさまざまなミッションのアイデアも多様化している今日,衛星開発における一つのキーワードは「短期開発」だと,個人的には考えています。そのためには,きちんとした戦略・戦術を導入する必要があるわけで,ここで紹介した「れいめい」衛星開発も一つの事例としてLessons learnedになり,今後の衛星開発に役立つとよいと考えています。そのため今回は,「宇宙科学最前線」といいながら,あまり科学的でない話題になりました。もう少し“科学的な”研究としては,「超電導磁気フォーメーションフライト」「柔軟構造衛星の振動抑制制御(Astro-G用)」なども手掛けており,「れいめい」衛星のように,あるいはそれ以前に大学で電気自動車を作って制御実験していたころのように,なるべく自分で手を動かすということを大事にしながら研究をしています。ですが,誌面が尽きましたので今回はこのあたりで。

(さかい・しんいちろう)



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