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宇宙科学の最前線

上手な衛星姿勢制御系の作り方「れいめい」衛星開発日記


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はじめに

 「れいめい」衛星は,2005年8月にバイコヌール宇宙基地から打ち上げられた約70kgの小型科学衛星で,カメラや各種センサを駆使してオーロラ観測を行っています(図1)。このような観測のためには,衛星姿勢を狙った方向に制御する機能が必要となりますが,「れいめい」衛星では軽量化のため,これを主に磁気トルカと呼ばれる電磁石で行っています。電磁石と地磁場の間に生じる微小な回転力(トルクと呼ぶ)を利用する方法です。最終的には,軌道上で姿勢が乱れる様子から衛星がわずかに帯びている磁気を推定する方法まで開発して,小型衛星としては高性能な制御性能(誤差0.1度程度)を実現しています。

 「れいめい」衛星のコンセプトの一つとして,インハウス開発が掲げられていました。姿勢制御系の場合でいうなら,センサなどの機器は購入する,ただし各種試験は自分たちで行う,そしてこれら機器を束ねるソフトウェアのプログラムはすべて自分たちの手で書く,という方針です。ところが,これに当たる数名のチームは,まだ採用されたばかりの私をはじめ学生に至るまで,衛星など作ったこともない素人ばかりでした。当然,開発は試行錯誤の連続になります。今回はこの,「れいめい」衛星の姿勢制御系開発において経験した苦労や工夫について紹介してみたいと思います。



図1
図1 太陽電池パドル展開状態の「れいめい」衛星


シミュレータを活用した制御系設計

 私は大学時代,「実験によるチューニングなしに制御系を設計してはならない」と教えられて育ちました。ところが人工衛星の場合,打ち上げるまで“実験”はできないわけです。それまで宇宙分野と縁がなかった私は,まずここで途方に暮れました。残る手段は計算機シミュレーションの活用しかなかったので,概略,以下のような作戦を立てました。

(1) ロケット分離直後に実施される初期姿勢捕捉の制御については,失敗が許されない重要な制御であるので,徹底的にシミュレーションを行う。
(2) 定常観測用の制御系は,磁気姿勢制御であるためその安定性が理論的に保証できず,同様に慎重な検証が本来必要であるが,観測条件などによって無数のケースが想定され,現実的でない。そこで,むしろ毎日の運用計画を作成する際のチェック用シミュレーションを重視する。

 (1)で用いた手法は,乱数をもとにパラメータを生成するモンテカルロ法と呼ばれるものですが,これは膨大な計算時間を必要とします。例えば1ケース20分ほどかかる計算を,さまざまな条件を変えながら実行していく必要があるからです。確認できるだけでも,4万ケース以上のデータが残っています。

 そのため,複数のパソコンをネットワークでつないで分散処理をする仕組みを構築しました。といっても大掛かりなものではなく,初期条件ファイルをネットワークで配り計算開始,終わったころに結果を回収する自動プログラムを1週間ほどかけて作っただけです。開発メンバーに声を掛けて,最大で10台程度のパソコンをこの仕組みに組み込んでいました。

 この仕組みを作っておいたおかげで,助かったこともあります。打上げロケットが変更になったとき,念のためと思って2000ケースほどのシミュレーションを行ったところ,正常に太陽捕捉できないケースが数例見つかりました。その後,詳しく調べたところ,新しい軌道では地磁場の関係と太陽方向の関係が,ある特殊な,不幸な状態に陥る場合があることが分かったのです。慌てて制御則を工夫して対応したのですが,気付いたのが打上げ半年前のことだったので,短時間で多数のシミュレーションを実行できるこの仕組みがなかったらと思うと,ちょっとぞっとします。



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