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宇宙科学の最前線

地球の風、金星の風

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流体圏に生きる

 私は今、気象衛星が赤外線で撮影した地球全体の雲の動画を眺めています。これは、まさに神の視点です。――まず目に付くのは、雲が現れる場所が赤道地方と中緯度・高緯度地方に偏っていて、亜熱帯は穴が開いたように晴れていることです。赤道地方では数百kmから数千kmの巨大な雲の塊が東西に連なり、その中ではたくさんの小さな雲が生成消滅しながら東から西へ移動していきます。日本が位置する中緯度や高緯度での雲の振る舞いはそれとはまったく違っていて、一言で言えば墨流しです。長さ数千kmの繊細な筋状の雲の帯が、身をよじらせながら、ときに渦巻きながら、西から東へと流れていきます。個々の雲を追いかけると、低緯度側から濃くなりつつ雲の帯に合流し、速度を速めて蛇行しながら高緯度側へ消えていきます。
 このような大気の流れ、すなわち風は、地球という惑星の気候の特徴を端的に映し出していて、生命の誕生や文明の発展と切っても切り離せません。例えば、惑星の表面温度は太陽光を跳ね返す雲の量に左右されますが、その雲は上述のように風によって分布しています。温室効果の主役である水蒸気も同じです。温室効果が働かなければ地球の平均温度はマイナス18℃になるところが、温室効果のおかげでプラス15℃という快適な温度に保たれています。また、もしも大気や海の流れによる熱輸送がなければ、日射の強い低緯度では海が安定に存在できずに蒸発してしまい(暴走温室)、一方で高緯度は凍り付くことでしょう。世界に水を行き渡らせるのも風の役割です。
 2007年4月、生命存在の可能性のある地球型惑星が太陽系外の20.5光年彼方で見つかったという報道が、世界を駆け巡りました。チリにある欧州南天天文台での観測によって中心星の明るさと中心星からの距離が分かり、そこから推定すると惑星の表面温度は0〜40℃くらい。これなら液体の海が存在できるというわけです。しかし、先ほどのような地球気象を眺めている立場からすると、複雑極まる惑星の流体圏の事情が気になって、ちょっと待てよ、と考え込んでしまいます(もちろん、すごい発見なのですが)。地球より一つ内側の太陽系惑星、金星に目を移すと、その思いはさらに強くなります。


灼熱の星

 JAXA宇宙科学研究本部がある神奈川県には、金星に由来する明星(あかほし)神社というのがあります。何せ太陽と月を除くと全天で最も明るい星ですから、金星は世界中でさまざまな伝説に彩られています。人類に最も親しまれてきた惑星といえるでしょうが、その環境は地球とはかなり違っています。大きさと密度は地球と同じくらいですが、地球大気が窒素と酸素からなるのに対して、金星大気はほとんどが二酸化炭素です。その量はとても多く、その重さのために地表気圧は90気圧(水深900m相当)になります。地表温度は460℃に達し、海はありません。かつて金星に降り立ったロシアの金星探査機は、高温のために2時間しか持ちこたえられませんでした。高度60kmあたりには濃硫酸の雲が浮かび、地球と違って、雲は惑星全体を覆っています。よく誤解されますが、金星に硫酸の雨は降りません。地表付近は高温であるため、硫酸は地表に到達する前に蒸発し、さらに分子そのものが分解してしまいます。
 さて、金星がこんなに暑いのは、少なくとも直接的には、太陽に近いせいではありません。太陽光はほとんど雲で反射されて、地表まで届く量は地球の10分の1です。にもかかわらず、膨大な二酸化炭素による温室効果のために、わずかなエネルギーをもとにして効率よく暖まっているのです。温室効果を考えなければ、金星はマイナス50℃という極寒の世界になります。地球より太陽に近いのに太陽から受け取るエネルギーは地球よりも小さく、それにもかかわらず濃い大気のために灼熱地獄になっている金星を見ると、惑星の気候形成がいかに一筋縄でいかないかが分かります。ちなみに地球では、二酸化炭素は海に溶け込んだ後、炭酸カルシウムとなって地殻に取り込まれるため、大気中の二酸化炭素の量は小さく抑えられています。




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