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宇宙科学の最前線

基礎科学分野における宇宙環境利用科学の現状と今後の展望

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 宇宙環境利用科学とは,宇宙環境の特徴である微小重力,真空,太陽エネルギー,宇宙線などを利用して,科学的課題の解決を図る研究です。現在までのところ,特に微小重力の利用が主となっています。微小重力環境では,熱対流,比重差に伴う浮上・沈降・対流などを,地上に比べて大幅に抑えることができます。これらの特徴から,地上では得ることが難しい均質な結晶や合金を得ることを目的とした宇宙実験が,世界各国で行われてきました。ところが,当初期待していたほどには均質な物質を得ることができませんでした。そして,その理由を明らかにするための研究が行われた結果,少なくとも2〜3×10−5g程度,理想的には10−6g台の微小重力が必要であることが分かりました。この微小重力レベルを最も容易に,かつ長時間にわたって実現できる手段が,建設中の国際宇宙ステーション(ISS)です。ISSにおける日本の実験モジュール「きぼう」は,2007年から利用可能になる計画です。宇宙環境利用科学の立場からは,長年の懸案であった長時間かつ必要十分な微小重力環境を,日本がようやく手に入れられる時代になりつつあると言えます。


基礎科学分野の研究活動

 これまでの宇宙実験では,主として物質科学分野と生命科学分野の実験が行われてきました。このため,「きぼう」を利用した宇宙実験計画も,物質科学分野と生命科学分野の実験テーマで占められているのが現状です。これら主流ともいえる研究分野に加え,基礎科学分野の研究が近年盛んになりつつあります。現在では,これら3分野と関連する技術研究を総称して「宇宙環境利用科学」と呼んでいます。

 JAXA宇宙科学研究本部には,我が国における宇宙環境利用科学をリードする責務があります。このため,2003年10月の宇宙関係3機関統合時に,宇宙科学研究本部長への諮問委員会として,宇宙環境利用科学委員会を新たに設置しました。この委員会には,宇宙環境利用科学にかかわる研究者コミュニティの代表者が委員として参加しています。この委員会のもとに,2005年度には60の研究班ワーキンググループ(WG)が組織され,将来の宇宙実験テーマ創出を目指した研究活動を行っています。このうち,物質科学分野と基礎科学分野のWGの数は,それぞれ22と6となっています。平成17年度の基礎科学分野のWGは,

  • 微小重力環境下微粒子プラズマ研究会
  • 臨界点ダイナミックス
  • 微小重力下における液体・固体ヘリウム
  • 非平衡化学物理系の微小重力科学
  • メゾスコピック系の微小重力化学
  • 宇宙環境に適合する低温実験用冷凍機の開発
です。これらWG活動の中から,微粒子プラズマと臨界点ダイナミックスについて,以下に説明します。


微粒子プラズマ

微粒子プラズマは,ダストプラズマとも呼ばれ,プラズマ中にダスト粒子が混在している系のことです。惑星間塵,惑星環,彗星の尾などがこのような系であると考えることができ,研究が始まるきっかけとなりました。ところが,1986年Ikeziにより,粒子はクーロン結晶と呼ばれる規則正しい構造を形成し得ることが予測されました。1994年には複数の研究室で,ほぼ同時・独立に,クーロン結晶の形成に成功しました。前述のWGが対象としている微粒子プラズマは,このクーロン結晶形成を伴うダストプラズマです。

 Ikeziにより予測されたクーロン結晶は反発系結晶でしたので,クーロン結晶形成には外部電極などを用いた粒子閉じ込めが必要であると,多くの研究者は考えています。ところが,引力も作用していると考えている研究者もいます。そのため,JAXAではクーロン結晶形成メカニズムを理解するための研究を開始しています。まず初めに,理論モデルを作り,粒子間距離に対する系全体のエネルギー変化を調べました。このモデルから,条件によっては特定の粒子間距離において系のエネルギーが低下することが分かりました。系のエネルギーが低下すれば,自発的に規則的構造が形成される可能性が生じます。



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