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宇宙科学の最前線

GEOTAIL衛星 天体ガンマ線観測始末記

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表紙
これまでに知られている軟ガンマ線リピーター(SGR,4つの赤丸)と,類似した性質を持つといわれる異常X線パルサー(AXP,6つの黄色の四角)の位置(銀河系座標)。今回,巨大フレアを起こしたSGR1806-20は銀河中心に近い方向にある。前々回,前回の巨大フレアはSGR0526-66とSGR1900+14で起きた。
© NASA Marshall Spaceflight Center


 GEOTAILとは,1992年7月に打ち上げられ,現在もデータ取得に活躍中の磁気圏探査衛星の名前です(地球を表す接頭辞geoに磁気圏尾部を表すtailをつないだ造語)。科学史をひもとくと,予期せざるデータが新しい研究の進展につながったというたくさんの例を見いだすことができます。しかし個人レベルでは,そうしたことはごくまれな非日常的出来事でしょう。私自身がGEOTAIL衛星によって天体ガンマ線の観測を行い,しかもそれによってその最前線に躍り出ることになろうとは,つい数ヵ月前までは思ってもみなかったことでした。

 GEOTAIL衛星プロジェクトはその名のとおり,地球磁気圏,特に尾部を主な研究対象として,JAXA宇宙科学研究本部の前身である宇宙科学研究所とNASAが共同で企画したものです。磁気圏の研究にとって重要なのは,その場のプラズマ密度,速度,温度に加え,高エネルギー粒子や電磁場とその揺らぎ(波動)です。そうした項目については,ほぼ完ぺきな観測体制がとられてきました。

 一方,磁気圏研究のお隣に当たる太陽コロナ・フレアの分野では,「ようこう」衛星の大活躍が記憶に新しいところです。磁気圏と太陽フレアは,プラズマの密度や磁場強度は何桁も違うものの,磁気リコネクションと呼ばれる共通の物理過程が支配的であることが明らかにされました。その研究の進展には,GEOTAILと「ようこう」のデータを用いた日本の磁気圏グループと太陽グループの寄与が本質的でした。「ようこう」では,GEOTAILと違って直接その場所に行かずに磁気リコネクション過程を研究するため,X線〜ガンマ線による遠隔観測(リモートセンシング)が行われていました。



GEOTAILが太陽フレアのガンマ線をとらえた

図1
図1  上 : LEPのイオンカウントを時刻・エネルギーごとに擬似カラーで表示(E-t図)。中央に近い縦縞がGEOTAILへの太陽ガンマ線の到来を示す。
下 : 「ようこう」が観測した太陽からのガンマ線(50〜90keV)の時間プロファイル。 ピークの位置は,上の縦縞と一致している。


 さて,話は5年前の2000年初めにさかのぼります。GEOTAIL衛星のプラズマ観測器(LEP,イオンと電子のカウンターで構成)のデータを眺めていて,時折,妙な縦縞が入ることに気が付きました。図1上は1997年11月6日11時40分〜12時10分(世界時)の30分間のLEPのイオン・データを示したものです。縦軸はイオンのエネルギー,横軸が時間で,図の擬似カラーは各時刻・各エネルギーのイオンのカウント数を示します。この時間帯,GEOTAILは磁気圏尾部のプラズマシートの中にあり,周りの熱いイオンが連続的に飛び込んできていました(磁気圏尾部とは,彗星の尾のように地球磁場が太陽風によって吹き流されてできた地球の尻尾のこと。その中央には,数千万度(数keV)という高温のプラズマが詰め込まれてシート状の構造を作っている。それをプラズマシートと呼ぶ)。

 図では,その様子が0.2〜10keVの範囲で横に連なる色の帯として見えています。色合いが時間とともに変わるのは,イオンの量が変動していることを表しています。一方,図の中央付近,11時53分〜11時55分ごろには青〜黄〜赤の縦縞が見えます。これがもしイオンによるものなら,計測の最低エネルギーである0.02keVから最高エネルギーの40keVに達する,広いエネルギー範囲のイオンのバースト・イベントがあったことになります。しかし,こんなイベントはそれまで知られていません。

 LEPデータの信ぴょう性を調べているうちに,同時刻に観測された「ようこう」のガンマ線光子のデータ(HXT/H)に行き着きました(図1下)。「ようこう」は,ちょうど図1上の縦縞の時間帯に光子数の増大を観測していますが,これはクラスX9.4という特大級の太陽フレアに伴うものでした。当時大学院生の竹井康博君が調べたところ,大きな太陽フレア(>〜X3)に伴ってLEP観測に似たような縦縞が入る例がたくさん見いだされました。さらに,LEPデータと「ようこう」のエネルギー別データの詳しい比較から,縦縞部分のLEPデータは50keV以上のガンマ線光子の強度を表していることが証明されたのです(ガンマ線に対しては,図1上の縦軸のエネルギーの目盛りは意味を持たない)。

 LEPのガンマ線に対する感度はごく低いもので,専用観測器に比べると1000分の1程度以下ですが,専用観測器は地球の影に入って太陽を見ていない時間帯が結構あります。それに対し,地球中心から10〜30地球半径の距離を飛行するGEOTAILは,地球の影に入る時間は無視できるほど少なく,ほぼ連続的に太陽を「見て」います。そのため,ほかのデータが得られていなかったとき,太陽ガンマ線データを取得して太陽フレア研究者に提供することもできました。

 しかし,太陽活動の低下に伴ってフレア数も減少,これでLEP太陽ガンマ線観測も店じまいかと思っていた矢先の今年初めのことです。



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