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宇宙科学の最前線

無容器浮遊と過冷却の科学

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表紙
表紙  左上 : 微小重力空間で無容器浮遊する液滴 右上 : 静電浮遊炉外観
左下 : 静電浮遊炉電極間で浮遊する高温試料 右下 : 試料の拡大画像(試料直径は約2mm)

 スペースシャトルや国際宇宙ステーションの中は,重力が地球上に比べて非常に小さくなる「微小重力」の世界です。そこは,地上とは異なる現象が見られる不思議な空間です。密度の違いによる浮遊・沈降が起こらないので,地上では湯を沸かす鍋などで見られる「熱対流」が起こりません。ドレッシングの水と油の分離も起こりません。豆腐を積み上げていっても自分の重さでつぶれることもありません。こうした現象の中でも,コップなどの容器を用いることなく液体を保持できる「無容器浮遊」は,微小重力環境の最も分かりやすい特徴の一つではないでしょうか。


浮遊技術の開発

 「微小」とはいえ,宇宙ステーションの中には重力などがあるため,何もしないと浮遊させた試料は動いてしまいます。試料にレーザー光を当てて加熱したり,試料温度を精密に測定したりするには,試料に触ることなく空間にピタッと止める装置が必要です。

 世界の宇宙機関は,率先して浮遊装置を開発してきました。1980年代後半から1990年代前半にかけて,NASAは音波を使って試料位置を制御する装置を,ドイツは電磁場を利用する装置を用いて,スペースシャトル内でそれぞれ実験を行いました。日本も音波浮遊装置を開発して,1992年の毛利衛さん初のスペースシャトル搭乗時に実験をしました。

 残念ながら,これら初期の浮遊実験は試料を浮遊させるのが精いっぱいで,無容器浮遊のメリットを存分に生かした実験で成果を挙げるまでには至りませんでした。微小重力でも試料をピタッと安定浮遊させて,溶かすのは簡単ではなかったのです。しかしその後,各宇宙機関は地上の浮遊装置の製作などを通じて研究開発を進め,浮遊技術を飛躍的に進歩させました。1997年にスペースシャトルに搭載されたドイツの電磁浮遊炉は安定して金属試料を浮遊溶融させ,数多くの貴重なデータを得ることに成功しました。



静電浮遊技術

 JAXAは,国際宇宙ステーション用の浮遊実験装置として,静電浮遊法を採用して研究開発を進めてきています。この静電浮遊法は,帯電させた試料とその周囲に配置した電極との間に働くクーロン力(プラスとマイナスとの間に引力が働き,プラス同士またはマイナス同士では斥力が働く)を利用する浮遊方式です。この方法は,音波や電磁力を利用する方法と比べて試料に与える擾乱が小さい,帯電すればあらゆる試料を浮遊可能など優れた特徴を持ちますが,試料位置の調整に高速のフィードバック制御が必要となるなど技術的な課題から開発が遅れていました。JAXAでは,惑星探査で有名なNASAジェット推進研究所(JPL)で確立された静電浮遊法の基礎技術を継承して研究を進めてきています。

 図1に静電浮遊法の位置制御の仕組みを示します。レーザー光により試料の影を位置センサーに映して試料の位置を測り,その位置と目標位置とのずれに応じてコンピュータが電極間の電位を調整して,安定した浮遊を達成します。この方式を用いて,1998年に小型ロケットでの6分間の無重力実験を行いました。この実験ではセラミックス試料を浮遊させ溶かすことに成功しましたが,溶融した際に試料の電荷が減少して位置の調整が困難になるという課題を残しました。これを受けて現在私たちは,地上において位置制御技術の向上を進めるとともに,浮遊技術を利用した研究分野の開拓を進めています。

 表紙の写真は,JAXAで内作した地上研究用の静電浮遊炉です。この炉では10mm間隔の電極(直径25mm)の間に試料を浮遊させます。地上では重力に打ち勝つ力を発生させるため,電極間に1万5000V程度の電圧をかける必要があります。これにより直径2mm程度,重さは数十mgの試料を浮遊可能です。試料の加熱は炭酸ガスレーザーで行い,試料の温度を放射温度計で測定します。位置制御は現在,試料を50μm以下の位置変動で浮遊できるまでに向上しています。そして,試料を3500℃以上に加熱する性能を備えています。


図1
図1 静電気浮遊法の位置制御の仕組み


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