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宇宙科学の最前線

「中くらいのブラックホール」は存在するか?

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 星の周りの重力場はアインシュタインの重力方程式で記述され,それを解くとブラックホールというものが現れる。小さいところにモノを押し込め過ぎて自己重力が無限に強くなってしまった,という不思議な天体だ。最初にその解を見つけたシュバルツシルト博士の名前にちなんで,これ以上小さくなるとブラックホールになってしまう限界半径を「シュバルツシルト半径」と呼ぶ。

 太陽のシュバルツシルト半径は約3km,地球は約1cm。地球を半径1cmまでつぶすと,ブラックホールになってしまう。でも,そんな小さなブラックホールを作るメカニズムは知られていない。この宇宙には,太陽の3倍から10倍程度の質量を持つ比較的小さなブラックホールと,数百万倍以上の巨大ブラックホールが存在する。では,その中くらい,太陽の数百あるいは数千倍の質量を持つブラックホールはこの宇宙に存在するだろうか,というのがこの記事のテーマである。



星サイズのブラックホールと巨大ブラックホール

 質量Mの天体のシュバルツシルト半径は2GM/c2。Gとcは万有引力定数と光速であり,どちらも宇宙の構造を決めている根本的な自然常数だ。すなわち,シュバルツシルト半径は質量に単純に比例する。これはブラックホールの性質を調べる上でとても大事なことだ。ブラックホールを遠くから見たとき,その体積(みたいなもの)は,シュバルツシルト半径の3乗に比例すると思ってよい。密度は質量/体積で,ブラックホールの質量はシュバルツシルト半径に比例するから,結局ブラックホールの密度はシュバルツシルト半径の2乗に反比例することになる。つまり,重くて大きなブラックホールほど,その密度は小さいということになる。太陽の約10億倍以上の質量を持つブラックホールの密度は,水よりも小さくなる。

 宇宙には太陽の50倍くらいまでの重さの星が存在すると考えられている。もともとの質量が太陽の約10倍以上のものは,星の進化の最終過程で超新星爆発を起こす。その後に燃え尽きた星のしんとして,中性子星かブラックホールのどちらかが残る。超新星爆発の衝撃で星のしんがギュッと押し込まれると,陽子と電子がくっついて,すべて中性子になってしまう。普通の星は,核融合反応を起こして燃えていることで,その圧力と重力が釣り合って安定している。それに対して,もう燃焼していないので燃焼の圧力で自分を支えることはできないが,中性子同士の強い反発力で形を保っているのが中性子星だ。典型的な中性子星は,東京の山手線くらい(半径約10km)の大きさ,太陽くらいの質量を持つ。しかし,それにも限界があって,太陽の約3倍より重くなると,中性子間の反発力でも支え切れない。それほど強い重力にあらがう力は,自然界には存在しないのだ。そういう天体は重力崩壊を起こしてブラックホールになってしまう。

 つまり,活動を終えたコンパクトな星で,太陽の3倍以上の質量を持つものは,ブラックホールにほかならない。消去法的な議論だが,こうやって我々の銀河系の中に,確実なブラックホールが10個以上見つかっている。それらは通常の星とペアを組んでおり,その伴星の運動をスペクトル線のドップラーシフトで測ることによってブラックホールによる引力が分かり,その質量が求められるのである。この測定は精密で,今ではブラックホールの存在を疑う天文学者は存在しない。今までに測定されたブラックホールのうち最も重いものは,太陽の14倍の質量を持つ。このようにして超新星爆発の後にできる太陽質量の3倍から10倍程度のブラックホールを,ここでは「星サイズのブラックホール」と呼ぼう。

 一方,銀河の中心には,星サイズのブラックホールよりもはるかに重いブラックホールが存在する。ほとんどの銀河は回転していて,その中心には強い重力源がある。その重力に引かれて銀河の中心にどんどんモノが集まってくると,その生成過程はともかく,ブラックホールにならざるを得ない。このような,銀河の中心に存在するブラックホールを「巨大ブラックホール」と呼ぶことにしよう。ある種の巨大ブラックホールは,モノがそこに落ち込むときの重力エネルギーを,電波からガンマ線まで広い範囲の電磁波として放射することで知られている(活動銀河核)。また最近では,星サイズのブラックホールと同様に,銀河の中心の巨大ブラックホールに関しても,その周りの星や物体の運動からブラックホールの質量を直接測定できるようになってきた。例えば,我々の銀河系中心のブラックホールは太陽質量の300万倍,M87という銀河では30億倍程度である。




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