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宇宙科学の最前線

宇宙科学の新たな展開〜宇宙環境利用科学

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表紙

ウマ脾臓由来アポフェリチンの結晶。 無機結晶と同様に、駆動力に伴って骸晶化し、デンドライト状にも変化する。右上はアポフェリチン分子24量体の立体構造。右下は干渉計による蛋白質結晶成長時の濃度変化計測。(PDBデータ1AEW)


 JAXA設立に伴い、国際宇宙ステーション(ISS)利用を軸としたこれまでの研究を、「宇宙環境利用科学」という新たな宇宙科学の領域として定義しました。この新しい領域を宇宙科学研究の柱の一つにすべく、宇宙科学研究本部に宇宙環境利用科学研究系とISS科学プロジェクト室が設置されました。本稿では、これまで積み重ねられてきた宇宙環境利用を中心とした科学的成果を紹介します。
 宇宙環境には、地球上では得難いいくつかの特徴があります。広大な空間を伴う真空状態、無重力(微小重力)状態、放射線および太陽エネルギーなどです。これらのうち、現在地上では利用可能な時間と質の点で得難く、また科学としての利用価値が高い環境因子が、微小重力(軌道上ではわずかに空気抵抗があるため完全な無重力にはなりません)です。この微小重力環境には、以下に述べる特徴があります。

  • 無対流:地上では流体が加熱されると、密度差により流動(熱対流)が生じます。一方、微小重力下では、ろうそくの炎が丸くなる現象がよく知られているように、熱対流が生じません。
  • 無沈降・無浮力:微小重力下では、水と油の分離というような、物体の密度差による浮遊と沈降が生じません。
  • 無静水圧:地上では液体および固体中に自重によって応力(圧力)が発生しますが、微小重力下では自重では変形しなくなります。
  • 非接触浮遊:地上では、液体を保持するために容器が必要です。一方、微小重力環境では物体は中空を浮遊し、液体も容器を必要としません。
 これらの効果を利用して、これまで材料科学、燃焼科学、流体科学、生命科学などの分野で、スペースシャトルなどにおいて宇宙実験が行われてきました。

これまでの宇宙実験の成果

 これまでに微小重力実験を通じて、以下のような成果が得られています。
  • コロイド実験などに利用される有機物の真球の製造(一時期、リファレンス用としても販売されていました)。
  • 粒子分散複合材料製造実験により、粒子分散機構および気泡による粒子凝集機構を解明しました。
  • 液体の相分離現象、鋳造材における等方的内部組織と外部組織の相違、重力偏析現象などは、密度差に起因する沈降・浮遊現象により引き起こされることが解明されました。
  • 拡散係数を高精度に測定し、その結果新たな温度依存性が見いだされ、原子・分子の液体拡散機構の解明へ貴重なデータを提供しました。
  • 燃焼分野では、拡散による酸素の供給、輻射(ふくしゃ)による熱損失が釣り合うことにより、“人魂(ひとだま)”のような球形火炎が存在することを示しました。
  • 結晶成長では、自重で変形することから地上では製造困難とされる、柔らかい材料の大型結晶製造に成功しました。
 現在建設中のISSに日本の実験モジュール「きぼう」が設置されるのは2007年ごろ(2003年2月のスペースシャトル事故のため建設計画を検討中)で、そのときには数多くの宇宙実験が可能となります。それを目指しISSを利用する研究計画の立案および技術開発を進めています。ここでは、現在JAXAで進めている研究および具体的な成果の一部を紹介します。

結晶成長メカニズムの解明

 結晶が成長するメカニズムには、依然として未解明の科学的課題が残されています。その理由として、結晶が成長するときの原子・分子挙動を直接観察することが極めて困難であること、および対流により成長界面への熱・物質輸送が影響を受け、現象が複雑であることなどが挙げられます。微小重力下では、対流を抑制できるため、熱と物質を拡散によって輸送することが可能になります。そのため我々は、このように現象を単純化して理解しやすい条件を実現した上で、結晶成長実験を行うことにより、結晶成長現象のさらなる理解を目指しています。以下に、現在取り組んでいる研究の中から代表的な2例を取り上げて説明します。

均一組成In0.3Ga0.7As単結晶育成研究
 この研究では、これまで地上では成長困難だった均一組成結晶を得るための熱・物質輸送の制御法についてモデル化を行い、成長法として確立しました。また、In0.3Ga0.7As(インジウム・ガリウム・ヒ素)は、次世代光通信用半導体レーザーのウエハーとして期待されている半導体です。InGaAsをウエハーとして用いると、現在主流の都市間光通信用レーザーよりも高温(70℃以上)での出力劣化が小さく、冷却装置無しで安定に動作可能と考えられています。しかし、InAsとGaAsが混じり合っているため、ウエハー面内での均質性を実現することが難しい結晶でもあります。そのため、これまでは長さ約5mmで、あまり均質ではない結晶しか得られませんでした。これに対し、我々は均一組成を得るためのモデル化を行い、そのモデルに基づいて結晶成長を行いました。具体的には、InAsを帯状に溶融させ、さらに試料径を2mmと細くして、対流を抑制しながら熱・物質輸送を制御しました。これにより、35mm以上の長さにわたりInAs組成が0.30±0.01と極めて均質な単結晶育成に、世界で初めて成功しました(図1、図2)。現在、微小重力を利用して、直径1cm以上の半導体を育成する実験を計画・立案しています。同時に、地上でも5mm角程度の大きさであればウエハーの製造が可能であると考え、地上での結晶の大型化に取り組んでいます。成功すれば、微小重力環境利用の成果を社会へ還元する画期的な事例となります。


図1

図1 育成したIn0.3Ga0.7As単結晶の断面写真


図2

図2 育成結晶の軸方向組成分布の一例。
モデルが予測した通りに25mm以上の長さにわたり均一組成単結晶が育成されている。


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