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宇宙科学の最前線

いま明かされるX線背景放射の起源

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明かされるAGNの進化の全貌

研究はいよいよゴール、いや大きな中間ステップへと至る。われわれは、ALSS、AMSSに「あすか」SIS検出器によるディープサーベイの結果を加え、さらに、より明るいフラックス側のHEAO-1衛星によるAGNサンプルと、より暗い側のChandra衛星によるサンプルを合わせ、極めて同定完全性の高い硬X線選択サンプルを構築した。あとは光度関数を計算するのみ!しかし、事はそう簡単ではない。過去の研究でほとんど無視されてきた、選択バイアスを完全に排除した解析方法を確立するには、半年がかりの試行錯誤が必要だった。

グラフ1
図2 AGNの硬X線光度関数(共動座標での空間数密度を、硬X線光度の関数として示したもの)。
赤方偏移パラメータの範囲ごとに異なる形で示してある。

しかしついに、われわれは世界で初めて「隠された」種族を含めたAGNの光度関数の宇宙論的進化を解明することに成功した。この結果は同時に、X線背景放射の起源の大部分を初めて定量的に解決したものである。ここに至るまで、個人的には10年、人類として40年の歳月がかかったのだが、図にしてしまえば一瞬である。図2は光度関数そのもの、図3はAGNの空間数密度を赤方偏移パラメータzに対してプロットしたものである。クエーサー(高光度のAGN)はz〜2にピークがあるが、セイファート銀河(より低光度のAGN)はz〜0.7あたりにピークがあり、もっと最近になって形成されてきたことが分かる。「大きなものほど後でできる」宇宙の構造形成論から見て、一見,矛盾する結果であるのが面白い。われわれは、これを母銀河の星生成活動との関連で説明できるのではないかと考えている。世界的な研究の流れは,AGNの進化から、AGNと母銀河の形成過程との関連の究明へと移りつつある。

グラフ2
図3 AGNの空間数密度の赤方偏移パラメータ依存性。
上(黒):低光度AGN、中(赤):中光度AGN、下(青):大光度AGN。

初めに述べたように、われわれの解明したAGNの進化は、巨大ブラックホール生成史を直接、制限する。適当な放射効率を仮定することで、光度から質量降着率、つまり単位時間あたりに食べられている餌の量を知ることができる。その結果,宇宙の単位体積あたりのブラックホールの総質量(=食べられた餌の総量)が、時間とともにどのように増加してきたかが分かる。図4はそのようにして得られた「ブラックホール成長曲線」である。この方法で計算された現在の宇宙のブラックホールの総質量は、近傍の銀河から別の方法で調べられたブラックホールの総質量とほぼ一致する。最近のより詳しい計算によると、ブラックホール質量分布の形までもよく説明できることが分かってきた。では、より遠方の宇宙ではこの関係はどうなっているのであろうか? AGNができたときに,星生成はすでに終了しているのだろうか?世界のライバルからの心地良い刺激のもと、われわれの挑戦はまだまだ続く。

グラフ3
図4 巨大ブラックホール成長曲線。
上は、コンプトン散乱に対して光学的に厚い吸収を受けたAGNの寄与も含めた場合。点線は外挿部分。


最後に

これらの結果は、世界の僻地にいるわれわれが、努力とチームワークを武器に、常に世界の科学フロンティアを切り開ける可能性を示すとともに、最高のタイミングで打ち上げられた「あすか」衛星の偉大さと、他波長との連携研究の重要さを証明することとなった。「あすか」サーベイにかかわった共同研究者の方々はもちろん、衛星計画にかかわった方々に深く感謝したい。

(うえだ・よしひろ)
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