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宇宙科学の最前線

いま明かされるX線背景放射の起源

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X線背景放射――40年来の謎――

X線背景放射は、X線天文学の始まりと同時にリカルド・ジャッコーニ博士らにより発見された、全天からほぼ一様に観測される強い放射である。その宇宙論的重要性は当初から明らかであり、その起源の研究は40年間にわたり常にX線天文学の第一の課題であった。そのスペクトルは30keVに強度ピークを持ち、2keV以上の硬X線バンドにおける放射(硬X線背景放射)がそのエネルギーの大部分を占めている。「あすか」以前に行われた軟X線バンドでのサーベイでは,主に吸収を受けていないAGN(いわゆる1型AGN)が見つかっていた。ところが、それらのスペクトルはX線背景放射よりずっと軟らかく、同じ種族の足し合わせで起源を説明することはできない。この矛盾は「スペクトル・パラドックス」と呼ばれ、X線背景放射の起源を考える上で最大の問題であった。

われわれは、当時最高の感度を有した「あすか」を用い、1993年から1995年の複数の時期にかけて、かみのけ座方向にある7平方度にわたる連続領域のサーベイ観測を行い、2-10keVの硬X線背景放射のおよそ30%を直接,点源に分解した(ASCA Large Sky Survey:ALSS)。ここで大事なことは、X線背景放射の主要な構成要素と考えられる硬いX線スペクトルを持つまとまった種族を発見し、それらが強い吸収を受けていること、その結果、微弱なX線源の平均スペクトルが1型AGNのそれよりも有意に硬くなっている証拠を見つけたことである。さらに、われわれは光学追求観測を行い、2keV以上で検出された33個すべてのX線源の同定に成功した。この結果、吸収を受けたX線源はすべて赤方偏移0.5以下の近傍宇宙に存在することなど、いくつかの興味深い事実を発見した。

ALSSプロジェクトのころから、秋山正幸氏(現・国立天文台),太田耕司氏(京大理),山田亨氏(現・国立天文台)らを中心とする光学天文学者との、密接かつ強力な共同研究が始まった。それは現在も続いている。図1の真ん中の銀河は、ALSSで発見されたAGNを、「すばる」望遠鏡で撮像した可視画像である。X線源のエラーサークルが左上の小画像(ハワイ大学88インチ望遠鏡による)に記されている。想像できるように、光学同定は決してスムーズなものではなく、「あすか」の位置精度(最終的な較正により、絶対位置精度は20秒まで向上した)との戦いでもあり、限られた望遠鏡の観測時間の中でリアルタイムに判断し、あらゆる情報を用いて最大限の効率でX線源の追求を行う観測は、まさに匠の世界である。われわれゲリラ部隊は、世界中の天文台を渡り歩いた。

われわれの研究は、より定量的な評価を目指し、さらに大規模なサーベイ(ASCA Medium Sensitivity Survey:AMSS)へと進んだ。AMSSは全アーカイブデータを利用して、「あすか」GIS検出器の視野に偶然入るX線源を系統的に検出するもので、膨大なデータ量の解析を必要とした。一時期はX線グループのほとんどの計算機を占領して迷惑をかけながらも、これをX線カタログとしてまとめ、硬X線バンドで選択されたフラックス限界サンプルを定義し、その系統的な光学同定計画に乗り出した。これは数年がかりのプロジェクトとなったが、最近その仕事を完了し、100個余りのX線源をほぼ完全に同定することに成功した。AMSSのカバーした面積の広さは現在でも世界最大で、極めてユニークなサンプルとなっている。

front_line-図1.jpg
図1「あすか」硬X線サーベイで見つかったAGNの可視光像の例(真ん中の銀河が対応天体)。
「すばる」望遠鏡Suprime-Camで撮像。
囲みの画像はハワイ大学88インチ望遠鏡で撮像したファインディング・チャート。


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