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宇宙科学の最前線

次世代X帯デジタルトランスポンダーの開発 戸田 知朗

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太陽系を旅するはるか彼方の人工物を想像しても、少しも不思議に思われない時代にあってすら、目に見えないその人工物からの便りが定期的に手元に届くとしたら、何かしら感じるものがあるに違いありません。現実には、人工物たる探査機は設計された通りに、無味乾燥な2値の羅列で素っ気ない便りを送ってくるだけかもしれなくても、その忠実さは時に健気にさえ見えてくるものです。そんな錯覚も、探査機との通信があって初めて意味があります。

探査機の耳目は、空気のない世界も伝わる電波を頼りにしています。彼らは、私たちの世界に携帯電話が普及するずっと以前から、この電波だけを唯一の手段として地球とつながってきました。その意味では、打ち上がってしまってからの探査機にとっては,通信こそが文字通り命綱であり、プロジェクトを成功させるためには、私たちにとってもそれは変わりありません。思えば、宇宙にたった独りぼっちでいる寂しさは、探査機に勝るものはないのではないでしょうか? 深宇宙通信は,さながら孤独な探査機のつぶやきに耳をそばだてて、じっと“聞き入る”ことかもしれません。もちろん、私たちの耳には“聞こえない”のですが。

トランスポンダーの開発

探査機に搭載されている通信機は、トランスポンダー(Transponder)と呼ばれています。これは、トランスミッター(Transmitter)とレスポンダー(Responder)を掛け合わせた造語です。問い掛けに応じて答えを投げ返してくれるものといった意味です。探査機に限らず、衛星と名の付くものは皆、このトランスポンダーを持っています。私たちが地球にいながらにして、彼らの身辺で起こる出来事を逐一知ることができるのは、この装置が機能するおかげなのです。言うまでもありませんが、通信とは相手があって成立するものです。トランスポンダーの相手とは、探査機の言葉の通訳代わりをしてくれる、地上局に設置された送受信機のことです。通信の話題は、この両者を対にして語られねばなりませんが、本稿はトランスポンダーの解説ですので、背景に地上局の送受信機が常にあることを忘れないでくださいとだけ付記しておきましょう。

トランスポンダーは,探査機にとってそれほど重要な装置であり、その歴史は宇宙開発の歴史そのものに重なるほどです。そして、多くの探査機技術同様、研究開発を経ながらも往時とさほど変わらない姿で生き残ってきました。現在では、信頼性の見本のような完成された技術です。従前、ISASの科学衛星・探査機の開発にあたっては、トランスポンダーもその都度、新しく作り直されるものでした。宇宙科学を目的とする挑戦が、それぞれに特殊であって個性的であるので、通信機もまた個性を反映した仕様が求められたからでした。私たちが目にする美しい天体画像が明らかにしてくれているように、宇宙が多種多様な姿を持つからには,それは自然なことです。

しかし、21世紀となり、ISASの宇宙科学は深宇宙探査へと大きく踏み出しました。「のぞみ」から「はやぶさ」と続いて、特別な実験という垣根がはらわれ、太陽系探査をめぐる新しい提案が矢継ぎ早に上がるようになりました。それらの提案のどれをとっても、特殊性はさらに一通りではないでしょう。こういう局面にあって、今まで通りに過去の技術を踏み台にして、着実な一歩を積み上げていくだけでは、新しい計画に対応しきれなくなってきました。ISASでは、新しい時代には、深宇宙探査にも対応した新しいトランスポンダーを作る必要性が強く認識されたのです。


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