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宇宙科学の最前線

多様化するミッションに向けた蓄電技術

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表紙
試験中の「はやぶさ」と,搭載されたリチウムイオン二次電池(左下)およびバッテリ(右)


電池はなぜ必要か

 人工衛星などの宇宙機の運用に欠かすことができない部品がバッテリです。人工衛星は,太陽光が衛星に当たる日照期間は太陽電池により発電が可能ですが,太陽の光が当たらない日陰期間はバッテリに蓄積した電力により運用します。バッテリとは電池(化学電池)を組み上げたもので,1個の電池(通称セル)では電圧や容量が足りないので,直列(電圧が上がる)あるいは並列(容量が大きくなる)に接続してバッテリとします。

 4トン級の地球周回衛星で必要なエネルギーは3kWくらいです。この電力を発生/貯蔵するために,6〜7kWくらいの太陽電池を使って発電し,その余剰電力をバッテリに蓄電します。質量を軽減したい宇宙機にとって電池の軽量化は不可欠であり,宇宙航空研究開発機構(JAXA)では活発な研究開発を進めています。この中では,通信機器やコンピュータ,自動車などのために開発された電池の技術導入も推し進められています。ただし衛星は大電力を必要とするため,コンピュータなどで使用される電池の10倍から100倍もの容量を必要としており,その上,衛星軌道上では交換が難しいことから,高い信頼性が要求されます。

 ここでは電池が歩んできた歴史と関連付けながら,宇宙用電池についてご紹介します。



宇宙用電池の歩み

 人間が宇宙を目指した当初から,電力確保は大きな課題でした。『アポロ13』という映画中で電気系技術者が「Power is Everything!――(電)力がすべてだ!」と言うシーンがあります。事故により電力確保ができなくなり,宇宙飛行士の生還が困難になったときに,紛糾する議論の中で電気系技術者が周囲を制して告げる言葉です。電気がなければ宇宙機を動かすことも,もちろん人間を生かすこともできません。

 電池の歴史は古く,近代化学が発達した1700年代末にガルバニがその原理を発明し,1800年代に入ってボルタ電池をはじめとする種々の電池が考案されました。「異なる物質(初期は金属)を向かい合わせて電解液により隔てると起電力を生じる」という電池の概念は,このころに生まれたとされています。しかし実はもっと古く,イラクの古代遺跡(B.C.200年ころ〜A.D.200年ころ)からも電池らしきものが発見されています。バグダッド電池と呼ばれ,粘土の壺の中に銅製の筒が入っており,中心に鉄心を入れ,電解液として酢かワインを入れて電池を構成したと考えられています。

 このように古い歴史の中で,ある種の電池は何度も充電できることが分かります。充電可能な電池を二次電池,充電のできない電池を一次電池といいます。特に1899年にスウェーデンのユングナーにより発明されたニッケルカドミウム電池(通称ニッカド電池)は,比較的軽量な二次電池であったことから携帯機器用に発達し,炭鉱などでランプを頭に付けて作業をする際や,無線機を持ち運ぶときなどに使用されました。正極材料としてオキシ水酸化ニッケルを,負極材料に水酸化カドミウムを使用しており,電解液には高濃度の水酸化カリウム水溶液を使用しています。浅い充放電を繰り返すと見掛け上の容量が劣化する現象(メモリー効果)があるなど,上手に使いこなすには難しい点もありましたが,長い時間をかけて研究された電池です。長い歴史のおかげで使い方がよく分かっており,また密閉化ができる電池なので,人工衛星やロケットでは今でも電源の主軸です。

 一方,軽量化の試みとして考案された電池が,ニッケル水素電池です。ニッカド電池の負極材料を水素吸蔵合金という物質に置き換えた電池で,ニッカド電池よりも軽くて小型になるため,初期のノートパソコンや携帯電話用に普及しました。日本の民生部品・コンポーネント実証衛星「つばさ」に搭載されたほか,光衛星間通信実験衛星OICETS,科学衛星LUNAR-AやASTRO-Fなどに使用されます。比較のために,同じ容量の宇宙用のニッカド電池とニッケル水素電池を図1に紹介します。


図1
図1 宇宙用ニッケルカドミウム電池(Ni-Cd)とニッケル水素電池(Ni-MH)


 ニッケル水素電池とは,負極の水素吸蔵合金の中を水素が出入りすることにより充放電が行われる電池ですが,水素ガスを直接圧力容器に封じた高圧型ニッケル水素電池も開発されました。ほかの電池は民生用でも市場を持っていますが,この電池は特に人工衛星や潜水艦などで使用される電池です。図2にバッテリの外観を示しましたが,充放電を繰り返してもほとんど劣化せず,また過充電や過放電にも高耐性を有しています。日本では技術試験衛星「きく6号」に初めて搭載され,その後「かけはし」「こだま」などに搭載されました。

図2
図2 技術試験衛星VIII型(ETS-VIII)用100Ah高圧型ニッケル水素電池の1ユニット。
これを二段直列に接続し,1バッテリを構成する。


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