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宇宙科学の最前線

多様化するミッションに向けた蓄電技術

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宇宙用電池の新たな試み

 上述したニッカド電池などは長い歴史の中で研究されてきた大変優秀な電池です。電池が1kg当たりに蓄積可能なエネルギーを質量エネルギー密度(単位はWh/kg)といいますが,前述の電池は40〜60Wh/kg程度でした。その後,携帯電話やコンピュータなどの集積化が進む中でより高密度な電池が必要となり,リチウムイオン二次電池が開発されます。

 この電池の最大の特徴は軽いことです。エネルギー密度は100Wh/kg以上であり(最近では160Wh/kgに達するものもある),従来の二次電池の2倍以上です。1990年ころから開発が進み,モバイル機器には欠かせない技術となりました。

 例えば,ニッカド電池を搭載する4トン級の地球観測衛星であれば,全質量の約7%程度の250kgから300kgがバッテリの質量です。もしリチウムイオン二次電池が使えれば,この質量が約半分の150 kg以下になり,代わりにセンサーの搭載や打上げ費用の節約ができます。このため宇宙用リチウムイオン二次電池の開発が,世界各国で精力的に進められています。

 日本では,世界に先駆けて衛星搭載用の大型リチウムイオン二次電池の開発を進めてきました。2003年5月に打ち上げられた「はやぶさ」には,世界で初めて大容量の宇宙用リチウムイオン二次電池(約13Ah)が搭載され,順調にフライトを続けています。表紙は,「はやぶさ」と,これに搭載されているリチウムイオン二次電池およびバッテリです。



燃料電池への期待

 これまで述べてきた二次電池とは別に,人類の宇宙進出を支えてきた技術が燃料電池です。燃料電池は,水素と酸素を反応させて,燃やさずに直接電力を取り出す発電システムですが,電気とともに水を生成するため,有人宇宙活動を中心に進歩しました。

 ほとんどの電池は地上用途で培われてから宇宙に進出しましたが,燃料電池は宇宙に端を発する電池です。宇宙で電気と水の両方を必要とした人類は,月を目指すと決めたときにまだ研究レベルだった燃料電池の実用化を決心します。1960年代のジェミニ計画で実用化された燃料電池は,その後のアポロ宇宙船やスペースシャトルにおいても使用され,今も有人宇宙活動を支えています。

 今日,自動車や家庭用の電源として燃料電池に注目が集まっていますが,その基本技術は過去の宇宙開発から生まれたものともいえます。そこに最新の材料技術を導入し,安価で信頼性の高い技術として燃料電池を開発する機運が高まっています。同様の要求から,航空宇宙分野においても新しい燃料電池の開発を試みています。

 図3はJAXAにより試作された燃料電池です。通常は大気環境下で使用することを想定する燃料電池を,宇宙という閉鎖環境下で運転が可能な設備として試作しました。スペースシャトルで要求される運転条件で運転試験を続けており,安定な発電性能を確認できています。いったんひな型ができると,いろいろな研究の方向性が見えてきました。


図3
図3 閉鎖運転を目指したJAXA試作燃料電池
スペースシャトル運用模擬を含む1000時間以上の運転試験を実施


 まず,この閉鎖型燃料電池を小型軽量化して,宇宙機に搭載できる状態にしたいと考えています。現在JAXAが開発中の宇宙ステーションの補給機は,総質量約16トン/ペイロード質量約6トンに対して,搭載するリチウム系電池は1トン程度となります。燃料電池が使用可能となれば電源質量を半減でき,類似のミッションの能力向上が図れると考えます。

 また,JAXA宇宙科学研究本部には気球や垂直離着陸ロケットなどの技術があります。気球は成層圏領域を飛びながら観測や実験をしますが,その電源として使用すれば,北欧や南極の冬のような太陽の昇らない地域でも長期間の観測が可能になります。垂直離着陸ロケットは水素/酸素を燃料としており,この燃料の余剰分を活用すれば,数kgでロケットに必要な電力を賄える発電機として活躍することができます。

 この延長として,深宇宙探査機や地球周回衛星などにおいても,画期的な技術革新をもたらすことが可能になります。人工衛星は軌道上での姿勢制御用に燃料と酸化剤を積んでおり,これを燃料電池と共有すれば衛星電源の質量軽減が可能になるからです。また,衛星の電力系に不具合が発生したときでも,残推薬を使用して発電を行うことができれば,衛星の不具合にかかわるデータを送信できるばかりか,軌道を変更してデブリ(宇宙のごみ)化を防止することも可能となり,極めて有効な技術として進歩するものと期待しています。



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