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宇宙科学の最前線

宇宙大航海時代への予感

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より遠くへ飛翔するために

宇宙で推進するには、質量を放出(ジェット噴射)したその反動を用います。より遠くに出掛けるには、より強いジェットが必要です。ジェットの強さは、放出質量(推進剤量)と噴射速度の積です。宇宙は真空で、吸い込むものがないので、推進剤はあらかじめすべてを持参しなければなりません。しかし、ほかの荷物を降ろさない限り、もうこれ以上は宇宙機に詰め込むことはできません。
そこで推進剤の量を増やす代わりに、速いジェットを作るのです。これまでのヒドラジン・スラスタの噴射速度は秒速3kmでしたが、イオンエンジンはその10倍の秒速30kmを発生できます。このように噴射速度の速いことを「高比推力」といいます。軽い機体に高比推力エンジンが搭載されれば、ますます遠くへ飛翔することができます。
図2には、これまで宇宙科学研究本部(旧宇宙科学研究所)が打ち上げた人工衛星やロケットの燃料(推進剤)重量占有率と軌道変換能力を示します。「はやぶさ」以前の宇宙機システムはいずれもヒドラジン・スラスタを用いていましたから、燃料は宇宙機全体の重量の50%に達するにもかかわらず、軌道変換能力は1km/s前後でした。ところがイオンエンジンを搭載した「はやぶさ」では、推進剤はたった13%なのに、4km/sも発生できるのです。この数値は、打上げロケット1ステージ分の軌道変換能力を凌駕(りょうが)していることもお分かりでしょう。ロケットによって宇宙に放り出された後は惰性で慣性飛行するこれまでの人工衛星とは異なり、「はやぶさ」は自ら軌道変換して目的の方向に航行することのできる「宇宙船」なのです。その主推進・原動力こそがマイクロ波放電式イオンエンジンμシリーズであり、フォン・ブラウン先生のお言葉をお借りするなら「深宇宙への橋頭堡(きょうとうほ)(foothold in deep space)」といえます。

見たことのない新しい世界を切り開く

大型ロケットに頼らずとも宇宙機搭載推進系を高比推力にすることにより、中型ロケットM-Vで地球の周りの無限に続く回廊から脱出して、惑星空間を往来する深宇宙航行が可能になるのです。より遠くへ、見たことのない新しい世界を切り開く「宇宙大航海」へと思いをいざないます。
そこで、地球の大航海時代(15〜16世紀)について少し勉強してみました。スペイン・ポルトガルは香辛料貿易を求め、それまでの陸路ではない新ルート、海路の開拓を目指します。それを支えたのは船舶技術です。それまでは、たくさんの櫂(かい)で漕ぐガレー船が主流でした。多くの人力が必要なため、寄港なしの長期航海はできません。また,櫂を水面に届かせるために吃水(きっすい)が低く、耐波性がありません。外洋航海を可能にしたのは、全装帆ガレオン船です。海賊船に見られるような船尾にかけて段階的に高くなる形式です。3本か4本のマストを立て、追い風を受ける横帆と、風上に帆走するための三角帆(ラテンセイル)を装備しています。マストにより背丈が高くなる分の船体のバランスをとるために、砂や石が船底に入れられました。
造船技術だけでなく、航海技術も進歩しました。北を指し示す羅針盤(コンパス)に、北極星の仰角から緯度を測るアストロラーベ、船から投げ入れたひも付き木片(ハンドログ)の繰り出し長さから船速を計り、さらに海図(ポルトラーノ)が整備されました。これらにより陸地を確認しながらの近海航法に離別し、外洋へと乗り出すことができたのです。
それとて、決して安穏とした航海ではありませんでした。海難事故は大敵ですが、それよりも壊血病によってたくさんの船員が死にました。170人でインド航路開拓(1498年)に出発したヴァスコ・ダ・ガマの一行の帰還者は44人,世界一周(1519年)を成し遂げたマゼラン一行250人中、帰還したのはたったの18人だったそうです。そんな危険があろうとも、コロンブスはポルトガル・イギリス・フランスへと自己の計画を持ち込み、とうとうスペイン女王を説き伏せて新大陸への航海(1492年)を達成しました。


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図2 宇宙研が運用した深宇宙機とM-Vロケットの軌道変換能力と燃料重量占有率。


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