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宇宙科学の最前線

再び月を目指しませんか?

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月--太陽系の化石の宝庫--

 地球には大気があり海洋があり,そしてプレートの動きにより,表層はすでに過去のものとは大きく異なってしまっている。一方,月に残された地形は地球−月系が過去に受けた隕石重爆撃の履歴そのものである。従って,太陽系がその昔どのような状況であったかということを知る上で,月は重要な情報を持っている。月は太陽系の化石の宝庫といえよう。このことも月の探査が重要である理由の一つだ。

 先に述べたように,月の直径数百mのクレータは,崩壊度を調べることで,30億年前から現在までのいつ小天体が降ってきたかを推定できる。太陽系のそばを他の恒星が通り過ぎることで,太陽系外縁部にとどまっていた彗星の軌道が乱され太陽系内惑星領域に落ち込み,地球にも彗星が大量に降ってくるという仮説がある。その周期は数千万年といわれるが,それが確かめられるかもしれない。

 ところで,月には彗星は落下したのであろうか? 実は月には彗星が落下した(かすめた)のではないか,と思われる地形がある。例えば,ライナーガンマといわれる地形がそれで,直径30kmほどの楕円状に明るい反射率を持つ部分があり,それを挟むようにやはり明るい反射率の部分が100km程度北東から南西に渦巻き状に伸びている(図2)。こうした奇妙な渦巻き地形は,ライナーガンマ以外にもある。また,その多くは磁気異常がある。



図2
図2 ライナーガンマ。月に見られる奇妙な渦巻き模様。


 「こうした渦巻き地形は,彗星のまき散らした細かい塵が,月面を深さ1m程度かすめとって,ほかの所に堆積させてできたものではないか」という彗星衝突説がある。一方,「磁気異常によって,表面にミニ磁気圏が生じ,太陽からの水素イオンが月面へ衝突しないように曲げられ,その結果,水素イオンの衝突によって起こると考えられている宇宙風化作用が起こらず,明るい反射率が保たれているのではないか」という太陽風非衝突説といったものもある。月面上の奇妙な渦巻きの成因が,彗星衝突か太陽風非衝突なのかも,SELENEで決着がつくかもしれない。例えば,二つの説の差は,この地域の直径数十〜100m程度の小さなクレータの個数や,その内部の宇宙風化度の差になって現れよう。これまでのところ,それを確かめる高解像度データはないが,SELENEに搭載される高解像度の地形カメラ,マルチバンドイメージャ,スペクトルプロファイラなどのデータにより,その詳細を調べることができるのである。


月の極--氷はあるのか--

 以下のような説が以前から出されていた。「多量の水を含む彗星が月に衝突する際,水は微量だが月に残る。これらの水分子は,月表面で熱せられ,温度に見合った速度分布を持って月の表面を飛び跳ねるようにして移動する。その多くはやがて宇宙空間へと飛び去るが,月の極にたどり着くものもある。月の極には,一年中日が当たらない個所(永久陰)がある。永久陰は極低温であり,そこに入り込んだ水分子は移動距離がほとんどなくなり,たまっているはずだ」

 1994年に打ち上げられた米国のクレメンタイン衛星は,月の永久陰の候補を見出した。また1998年,やはり米国が打ち上げたルナープロスペクター衛星の中性子観測は,月の極に水素の濃集を見つけた。この水素濃集は,水の存在する証拠ではないかと考えられた。しかし,水分子が簡単に飛び跳ねていけるか,仮に飛び跳ねていけるとしても,飛び跳ねているうちに太陽紫外線により壊されてしまう確率が高く,実際,極にたどり着けるのか,はなはだ疑問である。一方,「極に見つかったのは水素そのもので,それは地球の磁気圏内の水素イオンが月の極に打ち込まれ,たまっているもの」とする説もある。

 永久陰といっても,クレータ壁の反射光で若干であるが明るいと考えられている。最近,中村氏(JAXA)・松永氏(国立環境研究所)らは,反射光で照らされた永久陰に氷があれば,SELENE搭載のスペクトルプロファイラで検知できる可能性を示唆している。またSELENEでは,ガンマ線分光計でより精度よく水素の濃集が把握されるほか,粒子計測器や磁場計測器で水素イオンの量・運動方向が把握される。極域にどれだけの水素イオンがもたらされるのか,観測期間を通じて詳細に調べられる。これらの結果によって,極への水素イオンの打ち込みが,永久陰における水素量にかなうのかどうかが分かるはずである。

 水素にしろ水にしろ,将来の月での活動に非常に重要になることはいうまでもない。また,月の極に彗星起源の水があるとすると,水素,酸素以外に彗星によって炭素や窒素も供給されていよう。供給された炭素や窒素は,水の氷と共存しているが,そこには紫外線や宇宙線が降り注いでいる。紫外線や宇宙線により,氷の中で有機物の生成消滅が繰り返されているかもしれない。月の極における水の存在の有無を調べることは重要であり,SELENEの成果が期待される。



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