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ISASコラム

第9回 いまだ謎! 水星地殻の科学組成

(ISASニュース 2004年6月 No.279掲載)

 マリナー10号が撮像した水星の写真を見て、月と区別できる人は通と言ってもいいだろう。水星の表面は、月と同じように激しい隕石重爆撃によって形成された無数のクレータに覆われている。灰白色のモノトーンな色調も、荒涼とした月の高地を忍ばせる。ただし違いはあり、月のうさぎなどの模様でおなじみの「海」は見られない。海とは、月形成後数億年以上たってから長期間にわたって噴出した玄武岩質溶岩が、月の低地を覆ったものである。黒く見えるのは、周囲の斜長岩に比べて鉄分が多く、相対的に反射率が低いからである。

 とはいえ、水星はまだ全体の半分しか撮像されていない。化学組成に至っては、まったく未知のままである。ここでは謎だらけの水星の表面全体の平均的な化学組成に注目する。


図1 マリナー10号が撮影した水星モザイク画像(上)とガリレオが撮影した月(NASA提供)

古代太陽系の進化解明の手掛かり
 水星の直径は、月や木星のガリレオ4大衛星、土星のタイタンなどと同程度しかなく、惑星としては小型である。そのため早い段階で地殻やマントルが冷え固まり、地球や金星のように現在まで活発な活動を継続することなく、火成活動や造陸運動は初期の段階で終焉してしまった。水星の地殻には、地球型惑星の形成や初期進化を支配したプロセスの痕跡が、地質構造や元素分布として現在も残ると期待される。

 太陽系科学における水星の重要性としては、最も内側の惑星であること、非常に高密度であること、さらに「内惑星探訪」シリーズですでに紹介されたように固有磁場の存在が挙げられる。惑星は、その公転軌道の周辺の微惑星だけを集めて成長したのか、それとも微惑星同士の軌道が大きく攪拌され、日心距離の異なる広い範囲の微惑星を集めたのかは、よく分かっていない。一般に日心距離が小さいほど水やアルカリなど揮発性に富む元素に乏しく、また岩石中の鉄量も乏しい。反対に日心距離が大きいほどアルカリや水・有機物など揮発性元素に富み、鉄も金属よりも岩石中に含まれる傾向が強まる。水星の平均化学組成が太陽系内縁部の特徴を持つのか、内惑星域の平均的特徴を持つのかが分かれば、一般的な惑星の出来方が分かり、古代太陽系の進化解明にとって重要な手掛かりになる。


重い水星はどのようにできたか
 水星の平均密度は非圧縮状態で約5300kg/m3と、他の惑星に比べて圧倒的に重い。それを説明するいろいろな説が提案されてきた。その一つは、水星形成前の段階で岩石と金属の混合物同士が衝突する際、金属は展性によって合体しやすく、岩石は脆性のため破壊されやすい傾向があるため、金属が選択的に成長する。その結果、金属に富む重い水星ができた、というものである。一方、地球と同程度の密度の惑星ができ、地殻・マントル・核の内部構造が形成された後、表面付近の軽い地殻が最初期の活発な太陽活動によってあぶられて蒸発したという説や、他の原始惑星の衝突によって地殻が飛散したという説などがある。以上の説では互いに到達する表面温度が違うため、アルカリや酸化鉄などの揮発性の高いものと難揮発性の元素の存在比に差が表れる。それを調べれば、現在の重い水星の出来方が分かる。

 今後の水星探査では表面の化学組成、特に主要元素やアルカリ、放射性元素などの定量分析が必要である。BepiColomboでの周回軌道からのグローバルな蛍光X線とガンマ線の探査によって、これらの謎の解明が期待される。