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ISASコラム

(第5回:ISASニュース 2013年7月 No.388掲載)

第1段ロケットモータ、“無事”M台地へ

イプシロンロケットの第1段ロケットモータは、種子島の工場で最終製造工程・検査を終えて、内之浦宇宙空間観測所(USC)のM台地にいよいよ搬入となりました。イプシロンロケットの第1段モータは過去に内之浦に搬入されたどのモータよりも大きいものです。ですから私は、この前代未聞のロケット輸送作業をぜひともこの目で見ておきたいと思っていました。

6月1日、各段の組立て準備が始まるため、私は内之浦に向かいました。第1段モータはその日の夜中(6月2日の未明)に内之浦港からM台地に向けて移動予定でしたので、USCに到着して作業服などを受け取り、そのまま港に向かいました。港にはロケットモータ搬送船と大型のクレーン船の姿がありました。そして陸には、ロケットモータ輸送用の黄色いトランスポータ(後に全国的な話題になりました)が待ち構えています。港の中は輸送に関わる大勢のスタッフが動き、立ち入り規制を敷く外側にはロケットのクレーン運搬作業を見ようと町の方たちがたくさん集まり、内之浦港が大変にぎわっていました。

時折小雨の降る中、午後4時を過ぎたところからクレーンが動きだしました。第1段ロケットモータは搬送船の船底に格納されているため、外からはその姿を見ることができません。ほどなくクレーン船がロケットを少しずつ引き上げ始めました。すると、輸送船は軽くなりクレーン船が重くなるため、不安定な作業状況になります。バランスを取るためにクレーン作業は小刻みで行われます。2つの船が浮き上がったり下がったりしているものですから、作業者は当然のこと、作業を見ているこちらも緊張します。そして、ようやくブルーシートに覆われたモータコンテナが姿を現しました。フックにつられたロケットモータはやはり巨大です。クレーン船からトランスポータに載せ換えるところでは、船のわずかな揺れが作業の邪魔をします。打上げ前のロケットを台車にゴチンとぶつけるわけにはいきませんから、この揺れをいなしながら、最後はかなり慎重に作業が進められました。結局、作業は19時すぎまでかかりました。

一服の後、23時30分にあらためて港に向かいました。地元の方や報道関係者の姿があって、内之浦の真夜中とは思えない状況です。23時40分を過ぎたころ、トランスポータ周辺にいた大勢の輸送スタッフがリーダーの掛け声で一斉に集まりました。今夜の輸送が最後の大仕事ということで関係者全員に注意喚起した後、最後に「ご安全に!」という掛け声で、全体の空気がピリッと引き締まりました。いよいよM台地に向け出発です。

港から町のメイン通りに出るトランスポータは、さながらお祭りの山車のようでした。最初の左折をフェンスギリギリ見事に回り切り、次の見せ場の右カーブ(マツワキラーメンのあたり)に向かいます。ここは撮影ポイントとあって多くの見学者や報道関係者がカメラを構えて待っていました(写真参照)。そして総重量170トンのトランスポータは両車線を使って無事、町を抜けていきました。

次に、いよいよ9%勾配の上り坂に入ります。平坦な町の中と比べると圧倒的にスピードが落ちました。しかし、着実に前進しているので、少し遠目にトランスポータが上ってくる姿を見ながら、私はM台地に向かいました。あとちょっとで頂上。これで無事到着だな、と思って先に進んで待っていました。しかし、そのわずか5分後に大変なことが起きようとは……。

私はM台地の入り口、五運橋の手前で待ち構えていました。五運橋を渡る姿を写真に収めておこうと考えたからです。しかし一向に姿を現さない。それどころか音も聞こえない。どうかしたのかと心配していると、輸送スタッフの車が山を下っていくではありませんか。もしや、と思って後を追うと、300 mほど手前でトランスポータが停止して、周囲に人が集まっていました。

「油圧系がおかしい」
トランスポータはたくさんの車輪が付いていて、これらはエンジンの動力で発生する油圧によって駆動する仕組みになっていました。その重要な油圧が立ち上がらない状態になってしまったわけです。その後は報道でもあったように、しばし立ち往生してしまいました。輸送物は我が国最大の固体ロケットモータです。思わぬ事態に直面し、その対処の中で保安上の注意点が多々あることを思い知らされました。教訓にしたいと思います。(羽生宏人)

イプシロンロケットの第1段ロケットモータを載せたトランスポータが内之浦の町を行く