宇宙最大の構造/銀河団の質量を測る−暗黒物質を暴く

1. はじめに

1.1 学習課題

X線天文衛星によって観測されたAWM7銀河団の高温ガスと暗黒物質の質量分布を求めてみよう。

1.2 予備知識

銀河とは、106個〜1012個の恒星が自らの重力により集まっている天体です。 宇宙には銀河が数百個から数千個集まっていることがあります。これを銀河団と呼びます。 銀河団とは銀河が集まっただけのものではありません。図1は今回のテーマであるAWM7銀河団のX線(左)と可視光(右)の画像です。可視光でみると、銀河が白く輝いてみえます。一方、銀河団全体からX線が放射されています。 X線を放射しているのは、数千万度もの高温の気体(ガス)です。銀河団では、銀河と銀河の間は真空ではなく、大量の高温ガスで満ちているのです。このような高温のガスを銀河団に閉じ込めているためには、銀河団には、銀河や高温ガスだけではなく、もっと大量の未知の物質(暗黒物質)の重力が必要です。

図1:ヨーロッパのX線天文衛星(XMM-Newton) で観測されたAWM7銀河団のX線画像(左)と可視光画像(右)。 下のカラーバーの色は左図の X線の強度に対応しており、白がもっともX線が強い場所、青がもっともX線が弱い場所になる。 なお、左図の黒い領域は観測領域の外側。 図中の井型の線も観測できなかった領域。

1.3 利用する環境

ツール
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1.4 関連天体

銀河団 AWM7

1.5 課題作成

作成者 更新日
松下 恭子 2010-1-22

2. AWM7銀河団の観測データ

表1は、ヨーロッパのX線天文衛星(XMM-Newton) で観測されたAWM7銀河団の観測データからX線の光子の数やガスの密度を求めたものです。 観測領域を20の球殻の領域に分割し、X線光子数や高温ガスの密度、銀河の質量などがまとめてあります。
  • 半径(r):銀河団の中心からの距離。銀河団をタマネギのように球殻状に領域をわけたときの半径。 内側の半径(rin)と外側の半径(rout)はそれぞれ、領域の内側と外側の半径。
  • 低いエネルギーの光子数:検出器であるCCDの1ピクセルあたりに入る、エネルギーが1000電子ボルトから3000電子ボルトのX線光子の数
  • 高いエネルギーの光子数:検出器であるCCDの1ピクセルあたりに入る、エネルギーが3000電子ボルトから10000電子ボルトのX線光子の数
  • ガスの密度 (ρ): 高温ガスの密度
  •     
  • 内側の星の全質量(Mstar):この半径よりも内側の領域にある銀河の星の全質量。赤外線の観測から求めたもの。
例えば、3.30E+41は3.30x1041をあらわしています。
電子ボルトとはX線のエネルギーの単位です。
表1:AWM7銀河団の観測データ
領域番号 半径(r) 内側の半径(rin) 外側の半径(rout) 1000から3000電子ボルトの光子 3000から10000電子ボルトの光子数 ガスの密度(ρ) 内側の星の全質量(Mstar)
(m) (m) (m) (個/pixel) (個/pixel) (kg/m^3) (kg)
1 2.00E+00 0.0 4.00E+20 22.6 4.18 2.08E-23 3.30E+41
2 6.00E+20 4.00E+20 8.00E+20 12.3 2.79 1.44E-23 3.50E+41
3 1.00E+21 8.00E+20 1.20E+21 9.02 2.05 1.09E-23 1.50E+42
4 1.40E+21 1.20E+21 1.60E+21 6.97 1.60 8.77E-24 1.80E+42
5 1.80E+21 1.60E+21 2.00E+21 5.61 1.29 7.33E-24 1.80E+42
6 2.20E+21 2.00E+21 2.40E+21 4.51 1.06 6.32E-24 1.80E+42
7 2.60E+21 2.40E+21 2.80E+21 3.76 0.872 5.60E-24 1.80E+42
8 3.00E+21 2.80E+21 3.20E+21 3.17 0.711 5.05E-24 2.30E+42
9 3.40E+21 3.20E+21 3.60E+21 2.60 0.600 4.61E-24 2.30E+42
10 3.80E+21 3.60E+21 4.00E+21 2.27 0.500 4.25E-24 2.40E+42
11 4.20E+21 4.00E+21 4.40E+21 2.01 0.464 3.96E-24 2.40E+42
12 4.60E+21 4.40E+21 4.80E+21 1.82 0.416 3.70E-24 2.40E+42
13 5.00E+21 4.80E+21 5.20E+21 1.51 0.319 3.48E-24 2.40E+42
14 5.40E+21 5.20E+21 5.60E+21 1.31 0.259 3.28E-24 2.40E+42
15 5.80E+21 5.60E+21 6.00E+21 1.15 0.271 3.10E-24 2.50E+42
16 6.20E+21 6.00E+21 6.40E+21 1.06 0.228 2.94E-24 2.50E+42
17 6.60E+21 6.40E+21 6.80E+21 0.944 0.213 2.80E-24 2.60E+42
18 7.00E+21 6.80E+21 7.20E+21 0.843 0.173 2.66E-24 2.60E+42
19 7.40E+21 7.20E+21 7.60E+21 0.638 0.159 2.54E-24 2.80E+42
20 7.80E+21 7.60E+21 8.00E+21 0.667 0.152 2.42E-24 2.90E+42

3. 実習 (1) AWM7銀河団の高温ガスの温度を求めよう

X線は可視光よりもずっとエネルギーが高い電磁波です。 ガスの温度が高いほど、 高いエネルギーの電磁波を多く放射します。 X線が放射されているということは、ガスの温度がとても高いことを意味します。 では、具体的に、高温ガスの温度を求めてみましょう。 このX線衛星で高温ガスを観測したときの、高いエネルギーのX線光子の数と低いエネルギーのX線光子の 数の比とガスの絶対温度の対応が表2になります。
表1の観測データから、観測された光子数の比を計算して、銀河団中心からの距離に対してグラフを作成してみましょう。 この比は銀河団の中心から離れたところで、ががたがたしますが、これは光子数のランダムな揺らぎによるものです。 中心部(領域番号1)では少し温度が低めですが、中心部以外では温度はほぼ一定の結果になります。

Question 3.1 高いエネルギーのX線光子の数(H) と低いエネルギーのX線光子の数(S) の比(H/S) を縦軸に銀河団中心からの距離を横軸にグラフを作成してみましょう。 どんなことが分かりますか?

Question 3.2 表2からおおよその平均の温度を求めてみましょう

表2:高いエネルギーのX線光子の数と低いエネルギーのX線光子の 数の比(H/S)とガスの絶対温度の対応
温度 (K) 光子数の比
5.80x106 0.002
6.96x106 0.005
8.12x106 0.008
9.28x106 0.011
1.04x107 0.016
1.16x107 0.020
1.28x107 0.026
1.39x107 0.032
1.51x107 0.039
1.62x107 0.046
1.74x107 0.054
1.86x107 0.062
1.97x107 0.071
2.09x107 0.079
2.20x107 0.087
温度 (K) 光子数の比
2.32x107 0.096
2.44x107 0.104
2.55x107 0.112
2.67x107 0.119
2.78x107 0.127
2.90x107 0.134
3.02x107 0.141
3.13x107 0.148
3.25x107 0.155
3.36x107 0.161
3.48x107 0.167
3.60x107 0.173
3.71x107 0.179
3.83x107 0.184
3.94x107 0.189
温度 (K) 光子数の比
4.06x107 0.195
4.18x107 0.199
4.29x107 0.204
4.41x107 0.209
4.52x107 0.213
4.64x107 0.218
4.76x107 0.222
4.87x107 0.226
4.99x107 0.230
5.10x107 0.234
5.22x107 0.237
5.34x107 0.241
5.45x107 0.245
5.57x107 0.248
5.68x107 0.251
温度 (K) 光子数の比
5.80x107 0.255
5.92x107 0.258
6.03x107 0.261
6.15x107 0.264
6.26x107 0.267
6.38x107 0.270
6.50x107 0.272
6.61x107 0.275
6.73x107 0.278
6.84x107 0.280
6.96x107 0.283
7.08x107 0.285
7.19x107 0.288
7.31x107 0.290
7.42x107 0.292
温度 (K) 光子数の比
7.54x107 0.295
7.66x107 0.297
7.77x107 0.299
7.89x107 0.301
8.00x107 0.303
8.12x107 0.305
8.24x107 0.307
8.35x107 0.309
8.47x107 0.311
8.58x107 0.313
8.70x107 0.315
8.82x107 0.317
8.93x107 0.319
9.05x107 0.320
9.16x107 0.322























4. 実習 (2) 高温ガスの密度分布を調べてみよう

表1から、銀河団ガスの密度を縦軸に、銀河団中心からの距離(半径)を横軸に、対数グラフを作成してみましょう。 このとき、縦軸も横軸も対数にとってみましょう。

Question 4.1. 密度分布はどのようになるでしょうか? どんなことが分かりますか?

Question 4.2. 密度変化の傾きが変わらないとすると、銀河団中心からの距離が1021m から10倍になると、ガスの密度は何倍になるでしょうか?



高温ガスは、質量の7割が水素、3割がヘリウム、1%が炭素より重い元素でなりたっています。 簡単のため、水素だけの高温ガスを考えてみましょう。 数千万度では水素は完全に電離して、陽子と電子に分かれています。 ガスの密度を$\rho$, とします。例えば、表1のもっとも外側の領域の領域20では、ガスの密度 は2.42x10-24kg/m3 となります。これは、一立方メートルの質量が2.42x10-24kgであるということです。

Question 4.3. 領域20と領域19では、 一立方メートルに陽子は何個あるでしょうか?

この値が陽子の数密度npということになります。 陽子の質量を $m_p=1.67\times 10^{-27}\rm {kg}$とすると、計算できます。

5. 実習 (3) 高温ガスの質量を求めてみよう

もっとも外側の領域の密度2.42x10-24kg/m3に、 この領域までのの体積4π(8x1021m)3/3をかけてみましょう。

Question 5.1 質量はどうなりましたか?

得られた値は、星の全質量よりも大きくなります。 より内側の領域では、もっと密度が大きいわけですから、銀河団ガスの全質量は、もっと 大きな値になります。 それぞれの球殻状の領域の体積 $V=\frac{4\pi}{3}(r_{\rm out}^3-r_{\rm
in}^3)\sim 4\pi r^2 \Delta r$に、その領域でのガスの密度$\rho$をかけると、 球殻内のガスの質量$m=\rho V\sim 4\pi r^2\Delta r\rho $を求めることができます。 ここで、$r_{\rm out}$$r_{\rm in }$はそれぞれ、球殻の外側の半径と内側の 半径、$r$は球殻の半径、 $\Delta r=r_{\rm out}-r_{\rm in}$となります。 さらに、内側からガスの質量を足 し算していって、その領域より内側のガスの全質量(Mgas)を求めることができます。 その結果、観測領域のガスの全質量はほぼ 7x1042kgとなります。 ガスの質量と星の質量の和は、ほぼ 1043kgとなります。

6. 実習 (4) 高温ガスの圧力を求めてみよう

はたして、高温ガスの圧力はどのようになっているか考えていましょう。 圧力はガスの温度と密度に比例します。 この銀河団の場合、温度は、ほぼ一定、密度は中心に近いほど高くなっていました。

Question 6.1 圧力は中心ほど高くなるでしょうか? 低くなるでしょうか

もう少し具体的に計算してみましょう。 状態方程式$p=nkT$を用いて、圧力$p$を求めることができます。 ここで、 $k=1.38\times 10^{-23} \rm {m^{2} ~kg~ s^{-2}~ K^{-1}}$はボルツマン定数です。 実習(2)と同様に電離した水素だけの高温ガスを考えると、 陽子の数と電子の数は等しいので、粒子の数密度(1立方メートルあたりの粒子数)は、 Question 4.3で求めた陽子の数密度の2倍となります。

Question 6.2 もっとも外側の領域20とその内側の領域19の領域の圧力を求めてみましょう。

7. 実習 (5) 重力を担う物質の質量を求めてみよう。

銀河団では、圧力は内側ほど高くなっていました。 ある球殻状の領域を考えると、内側からの圧力と外側からの圧力では、内側からの圧力が 高いので、圧力だけを考えると外向きの力を受けます。 この外向きの力と重力がつりあって、高温ガスが銀河団の重力に閉じ込められているのです。
図のように、半径r と半径 r+Δr の球殻状の領域の力のつりあいを考えてみましょう。

この領域にかかる力を次のように考えてみます。
  • 球殻の受ける重力$F$は、球殻より内側の質量$M$が中心の一点に集中していた時の 重力に等しいと考えることができますので、

    \begin{displaymath}F=\frac{GMm}{r^2}=4\pi GM \rho\Delta r\end{displaymath}

    ここで、 $G=6.67\times 10^{-11}\rm {m^3~s^{-2}~kg^{-1}}$は万有引力定数で す。
  • 球殻が外側から受ける圧力$p$, 球殻が内側から受ける圧力$p+\Delta p$ とすると、 圧力により外側と内側から球殻が受ける力は、 圧力の差分と球殻の表面積の積となります。これが重力とつりあうためには、

    \begin{displaymath}
F=(p+\Delta p- p)\times 4\pi r^2
\end{displaymath}
  • 式を整理すると、
    \begin{displaymath}
M=\frac{r^2\Delta p}{G\rho\Delta r}
\end{displaymath}

  • 簡単のため、外側の球殻との圧力の差$\Delta p$、半径の差$\Delta r$ を計算し、球殻の半径$r$, 密度$\rho$を用いて、球殻より内側の質量$M$を計算 することができます。 求めた質量を星の質量や高温ガスの質量と比較してみましょう。

Question 7.1 もっとも外側の領域20とその内側の領域19の領域の圧力差から、 内側の質量Mを計算してみましょう。

重力のつりあいから求めた質量は銀河団ガスの質量と銀河の質量の和の10倍になりました。 銀河団ガスのような高温のガスを閉じ込めておくためには、銀河団ガスや銀河の質量では足りず、 目に見えない物質が必要ということになるのです。 つまり、銀河団の質量のうち、9割は見えない物質ということになります。 この見えない物質を暗黒物質と呼びます。 宇宙では質量の多くは目に見えない暗黒物質なのです。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


答え

3.1

図は、高いエネルギーの光子数/低いエネルギーの光子数を 銀河団中心からの距離(半径)に対してグラフを作成したものです。 高いエネルギーの光子数が多いということは、温度が高いということです。 中心領域はやや温度が低く、それより外側では温度ほぼ一定になっています。

3.2

表2から温度に換算すると、 中心領域は、~3.9x107K、 中心領域を除くと、~4.9x107Kとなっています。 中心からの距離が5x1021mよりも外側で、光子数の比が ばらついているのは、光子数のランダムゆらぎによるものです。

4.1

図は、銀河団ガスの密度を銀河団中心からの距離(半径)に対してグラフを作成したものです。 横軸と縦軸を対数目盛にすると、中心領域より外側では、青の線のようにほぼ直線になります。 対数目盛で直線になるということは、銀河団ガスの密度は銀河団中心からの距離に対してるい乗になっているということです。

4.2

銀河団ガスの密度が青い直線にのるように減少していると考えると、 銀河団中心からの距離が1021mから1022mと10倍に増えると、 ガスの密度は、1.1x10-23kg/cm3から 2x10-24kg/cm3までほぼ0.2倍に下がります。

4.3

領域20では、1立方メートルあたりの質量 2.42x10-24kgを陽子1個の質量$m_p=1.67\times 10^{-27}\rm {kg}$で割ると、ほぼ1450個となります。 体積1リットルあたりにすると、1.45個になります。 我々の身の回りに比べるとはるかに薄いことがわかります。 なお、電子の質量は陽子よりもずっと小さいので無視できます。 また、有効数字は3桁で計算しています。 同じように、領域19では、ほぼ1520個となります。

5.1

ほぼ5x1042kg

6.1

温度は一定ということは、圧力は密度に比例することになります。 よって、銀河団の中心に近いほど、圧力は高くなります。 銀河団中心からの距離が1021mから1022mと10倍に増えると、 密度がほぼ0.2倍になるので、圧力もほぼ0.2倍にさがります。

6.2

領域20での数密度は、一立方メートルあたり 2×1450=2900個。 Question 4.2で求めた温度~4.9x107Kを用いると、 圧力は、1.96x10-12Paとなる。 同じように領域19では、2.06x10-12Paとなる。

7.1

圧力の差Δp=1.0x10-13Pa、半径の差Δr=4.0x1020m、 半径r=7.6x1021mを用いると、ほぼ1044kgとなる。

Last Modified: 2010-2-1