[2012年9月7日掲載]
太陽では、1500万度もある中心核の熱が放射や対流によって表面に伝わり、光球では6000度に下がります。ところが、そこを過ぎると逆に表面から遠ざかるほど高温になり、コロナでは100万度を超えることが知られています。熱源から離れるほど熱くなるというこの逆転現象は「コロナ加熱問題」として知られ、これを解き明かすことが太陽研究の長年の課題となっています。
これらの問題に挑むため、JAXAが2006年に打ち上げた太陽観測衛星「ひので」は、かげろうのない宇宙空間から太陽を詳細に観測しています。6年に及ぶ観測を通じて、光球とコロナの中間にある彩層では爆発現象や高速で吹き出すジェットなどが頻繁に発生しており、これらの活動現象がコロナ加熱において重要な役割を果たすことが分かってきています(図2)。また、そこでは磁場が大きな働きを果たしていると考えられています。
従来、太陽表面で起きているこのような現象を理解するためには、「ひので」のような高性能の望遠鏡を用いて現象を詳しく観測する「観測的手法」と、スーパーコンピューターなどを用いて現象を理論的に予想する「理論的手法」とを組み合わせて研究が進められてきました。ところが、光球面でしか磁場を観測できない「ひので」の観測では磁場の立体構造を把握することが難しく、また彩層でのプラズマの物理的な状態やそのミクロなスケールでのふるまいを知ることもできないという課題がありました。
JAXA宇宙科学研究所の西塚直人(にしづか・なおと)研究員を中心とする研究チームは、そこに新たに、地上の実験室にあるプラズマ実験装置を用いた「実験的手法」を導入し、太陽の彩層で起きているのと類似の現象を地上で再現することに世界で初めて成功しました。このような実験的手法に成功した背景には、彩層と類似の環境を模擬できる高性能のプラズマ実験装置の存在に加え、「ひので」を用いた観測によって磁場形状を正確に推定できたことが挙げられます(図3)。
今回の実験では、東京大学TS-4球状トーラス実験装置(図4)を用いて装置内に強い磁場にとらえられたドーナツ状のプラズマをつくり、周囲の磁力線と近接させることで磁力線のつなぎ替え(図5)を発生させました。その結果、元の1万度から約3万度まで急速に加熱されるガスや、時速2万kmもの速さで吹き出すジェット、そして加熱に伴って発生した磁場の激しいゆれ(波動)などの現象を世界で初めて観測することができました(図6)。これは、規模こそ違うものの、太陽で観測される彩層ジェットに類似した特徴を持っています。また、磁場の激しいゆれが磁力線のつなぎ替えに伴って発生することを直接的に突き止めたことは、コロナ加熱の有力な仮説のひとつである「コロナ波動加熱説」において、コロナの加熱源と考えられている磁場のゆれがどのように発生するのかを示す貴重な結果です。
このような実験的手法では、実験装置内のプラズマや磁場の状態を至近距離から計測できるため、従来の観測的手法では特定が難しい磁場の立体構造(特に高度方向の構造)やプラズマ状態(温度・密度・速度や抵抗)のミクロなスケールでのふるまいを診断することができ、理論的手法も組み合わせることで、太陽で観測される現象がどのような物理過程によるものなのかを推定することができるようになります。
今回狭い装置内で観測されたプラズマのふるまいは、実際に観測される太陽ジェットの特徴を定量的に説明できるものではありません。例えば、再現されたジェットの速度は時速2万km程度で、実際の太陽ジェットの時速10-70万kmには遠く及びません。しかしながら、この違いは、何十桁も大きな太陽ジェットとの空間スケールの違いや、電離度の違いによるものと考えられます。これを踏まえ、今回開拓された実験的手法に基づく研究をさらに進め、観測的手法による直接の証拠の検出や理論的手法を補うことができれば、ダイナミックな太陽活動やコロナ加熱問題の理解が大きく進むと期待されます。
今回の成果は、アメリカの専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』の9月10日号に発表されます。
A Laboratory Experiment of Magnetic Reconnection: Outflows, Heating, and Waves in Chromospheric Jets
論文著者:
西塚 直人 (宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所 宇宙航空プロジェクト研究員)
林 由記 (東京大学大学院工学系研究科 博士卒業)
田辺 博士 (東京大学大学院新領域創成科学研究科 博士課程)
桑波田 晃弘(東京大学大学院工学系研究科 博士過程)
神納 康宏(東京大学大学院新領域創成科学研究科 修士課程)
小野 靖 (東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授)
井 通暁 (東京大学大学院新領域創成科学研究科 准教授)
清水 敏文 (宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所 准教授)
論文掲載:
The Astrophysical Journal, Vol.756, 152, 2012.
宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所太陽彩層ジェットを地上プラズマ実験で初めて再現
概要:
宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所の西塚直人(にしづか・なおと)研究員を中心とする研究チームは、地上の実験室にあるプラズマ実験装置を用いて、太陽観測衛星「ひので」が明らかにした太陽の彩層で頻発する活動現象と類似の現象を再現させることに世界で初めて成功しました。解説:
太陽は私たちにさまざまな恵みを与えてくれますが、静穏に見えるこの太陽も、その表面ではさまざまな活動現象が見られます。私たちの目に見える太陽表面は「光球」と呼ばれますが、そこに見られる黒点も、太陽の活動現象のひとつの現れです。光球の上空には「彩層」とよばれる薄い層があり、さらにその外側には「コロナ」が広がっています(図1)。太陽では、1500万度もある中心核の熱が放射や対流によって表面に伝わり、光球では6000度に下がります。ところが、そこを過ぎると逆に表面から遠ざかるほど高温になり、コロナでは100万度を超えることが知られています。熱源から離れるほど熱くなるというこの逆転現象は「コロナ加熱問題」として知られ、これを解き明かすことが太陽研究の長年の課題となっています。
これらの問題に挑むため、JAXAが2006年に打ち上げた太陽観測衛星「ひので」は、かげろうのない宇宙空間から太陽を詳細に観測しています。6年に及ぶ観測を通じて、光球とコロナの中間にある彩層では爆発現象や高速で吹き出すジェットなどが頻繁に発生しており、これらの活動現象がコロナ加熱において重要な役割を果たすことが分かってきています(図2)。また、そこでは磁場が大きな働きを果たしていると考えられています。
従来、太陽表面で起きているこのような現象を理解するためには、「ひので」のような高性能の望遠鏡を用いて現象を詳しく観測する「観測的手法」と、スーパーコンピューターなどを用いて現象を理論的に予想する「理論的手法」とを組み合わせて研究が進められてきました。ところが、光球面でしか磁場を観測できない「ひので」の観測では磁場の立体構造を把握することが難しく、また彩層でのプラズマの物理的な状態やそのミクロなスケールでのふるまいを知ることもできないという課題がありました。
JAXA宇宙科学研究所の西塚直人(にしづか・なおと)研究員を中心とする研究チームは、そこに新たに、地上の実験室にあるプラズマ実験装置を用いた「実験的手法」を導入し、太陽の彩層で起きているのと類似の現象を地上で再現することに世界で初めて成功しました。このような実験的手法に成功した背景には、彩層と類似の環境を模擬できる高性能のプラズマ実験装置の存在に加え、「ひので」を用いた観測によって磁場形状を正確に推定できたことが挙げられます(図3)。
今回の実験では、東京大学TS-4球状トーラス実験装置(図4)を用いて装置内に強い磁場にとらえられたドーナツ状のプラズマをつくり、周囲の磁力線と近接させることで磁力線のつなぎ替え(図5)を発生させました。その結果、元の1万度から約3万度まで急速に加熱されるガスや、時速2万kmもの速さで吹き出すジェット、そして加熱に伴って発生した磁場の激しいゆれ(波動)などの現象を世界で初めて観測することができました(図6)。これは、規模こそ違うものの、太陽で観測される彩層ジェットに類似した特徴を持っています。また、磁場の激しいゆれが磁力線のつなぎ替えに伴って発生することを直接的に突き止めたことは、コロナ加熱の有力な仮説のひとつである「コロナ波動加熱説」において、コロナの加熱源と考えられている磁場のゆれがどのように発生するのかを示す貴重な結果です。
このような実験的手法では、実験装置内のプラズマや磁場の状態を至近距離から計測できるため、従来の観測的手法では特定が難しい磁場の立体構造(特に高度方向の構造)やプラズマ状態(温度・密度・速度や抵抗)のミクロなスケールでのふるまいを診断することができ、理論的手法も組み合わせることで、太陽で観測される現象がどのような物理過程によるものなのかを推定することができるようになります。
今回狭い装置内で観測されたプラズマのふるまいは、実際に観測される太陽ジェットの特徴を定量的に説明できるものではありません。例えば、再現されたジェットの速度は時速2万km程度で、実際の太陽ジェットの時速10-70万kmには遠く及びません。しかしながら、この違いは、何十桁も大きな太陽ジェットとの空間スケールの違いや、電離度の違いによるものと考えられます。これを踏まえ、今回開拓された実験的手法に基づく研究をさらに進め、観測的手法による直接の証拠の検出や理論的手法を補うことができれば、ダイナミックな太陽活動やコロナ加熱問題の理解が大きく進むと期待されます。
今回の成果は、アメリカの専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』の9月10日号に発表されます。
発表論文
論文名:A Laboratory Experiment of Magnetic Reconnection: Outflows, Heating, and Waves in Chromospheric Jets
論文著者:
西塚 直人 (宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所 宇宙航空プロジェクト研究員)
林 由記 (東京大学大学院工学系研究科 博士卒業)
田辺 博士 (東京大学大学院新領域創成科学研究科 博士課程)
桑波田 晃弘(東京大学大学院工学系研究科 博士過程)
神納 康宏(東京大学大学院新領域創成科学研究科 修士課程)
小野 靖 (東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授)
井 通暁 (東京大学大学院新領域創成科学研究科 准教授)
清水 敏文 (宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所 准教授)
論文掲載:
The Astrophysical Journal, Vol.756, 152, 2012.
謝辞:
本研究は、日本学術振興会の先端研究拠点事業「実験室と宇宙のプラズマの自己組織化に関する国際連携」(課題番号:22001、拠点機関:東京大学大学院新領域創成科学研究科、コーディネータ:小野靖教授)に基づく共同研究により実現しました。東京大学大学院新領域創成科学研究科