ブラックホールとそのスピン

 光をも飲み込むブラックホールには、太陽の30倍程度以上の重さの星が超新星爆発を起こしたあとに残される恒星質量ブラックホールや、銀河の中心にある巨大ブラックホール[注1]などがあります。これらのブラックホールの性質は、質量、スピン、電荷という3つの物理量だけで完全に決まります。ブラックホールの質量は、その周りにある星やガスの運動から測定されています。例えば銀河系の中心には「いて座A(エー・スター)」(あるいはSgr A)という強い電波源がありますが、そこには太陽の4百万倍もの質量を持つ巨大ブラックホールがあると考えられています。しかしこの巨大ブラックホールがどうして生まれたのかは謎だらけです。

 一方で、ブラックホールのスピンは周囲の時空に影響を与えますが、その効果が顕著に現れるのはブラックホールのごく近傍に限られています。現在の観測装置では、ブラックホールの見かけの大きさが小さすぎて、スピンの有無による違いでさえも時空構造から区別しにくいのです。そこで多くの研究者が知恵をしぼり、ブラックホールの近くから放射される光の性質を使ってスピンを求めていましたが、不確定要素が多いため問題となっていました。そこで別の方法でブラックホールのスピンを測定する必要がありました。もしスピンが測定できれば、巨大ブラックホールが誕生した謎を解明するための手がかりが得られるからです。

スピンの表現方法

 いろいろな質量のブラックホールのスピンを比べる際には、ブラックホールの全角運動量(J)ではなく、スピンパラメーター(a*=Jc/GM2)という指標を用います[注2]。ここでcは光速、Gは重力定数、Mはブラックホールの質量で、ブラックホールが自転していない場合にはa*は0となり、ブラックホールが極限まで自転する場合にはa*の絶対値は1になります。

ブラックホールのスピンの新しい測定法

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究本部の加藤成晃(かとう・よしあき)研究員を中心とする研究グループは、巨大ブラックホールのスピンを測定する新たな方法を考案しました。この方法は、ガスがブラックホールへ落下する時にできる回転ガス円盤(降着円盤)の共振現象[注3]を用いるものです[補足1]。

 ブラックホールは光をほとんど出さないために直接観測することは困難ですが、その周囲にはブラックホールを取り巻く円盤(降着円盤)があり、ガスがブラックホールの周りを回転(公転)しながら中心に向かって落ち込んでいきます。ガス同士の摩擦によって高温に加熱された降着円盤は、電波からX線・γ線に至るさまざまな電磁波を放射します。

 ブラックホールの周りを公転するガスに、公転と異なる方向の運動が乱れとして加わると、元に戻そうとする復元力が生じ、一種の振動現象が現れます。「エピサイクリック運動」と呼ばれるこの振動は、ガスが1公転した時にこの振動が元の状態に戻るような関係(共振関係)にあるときには強め合い、乱れが大きくなります。特に、ガスの公転周期と乱れのエピサイクリック運動の周期が整数比1:2になる半径では強い共振が生じます(図参照)。この共振が起こる半径は、ブラックホールの半径の数倍以内ですが、降着円盤の広い範囲が振動するため、さまざまな波長の電磁波に対して、ガスの公転と一致した周期をもつ光度変動として観測されます。今回、この公転周期に対応する光度変動を特定することに成功しました[補足2]。

 公転周期は、ブラックホールの質量とスピンによって変化するので、この関係式を逆に解いてスピンを求めるのです。具体的には、ブラックホールの質量M、光度変動の振動数νを測定し、共振半径Rとスピンパラメータa*=c3([(2πνGM)-1-(R/GM)3/2]の連立方程式を数値的に解いて、ブラックホールのスピンを求めています。

銀河系中心の巨大ブラックホールのスピンの測定

 スピンの新しい測定方法を、銀河系の中心にある巨大ブラックホールであるSgr Aの光度変動の測定結果に適用したところ、a*=0.44±0.08と、多くの研究者の予想に反するかなり小さな値が得られました。これは自転速度に換算すると光速の22%に相当します。

 恒星質量ブラックホールが巨大ブラックホールへ成長するには、回転する降着円盤を通じて莫大な質量のガスと膨大な角運動量を吸い込むため、巨大ブラックホールのスピンは大きくなるはずです。ところが今回得られた値は恒星質量ブラックホールで測られていた値と大差ありません。なぜ巨大ブラックホールのスピンは小さい質量のブラックホールに比べて大きくならないのでしょうか。

巨大ブラックホールのスピンが小さい理由

 巨大ブラックホールのスピンが大きくならない理由として、2つの可能性が考えられます。一つは、回転軸の向きに対して右回りと左回りの角運動量を絶妙な具合に吸い込んだ場合。もう一つは、ブラックホールの自転のエネルギーが抜き取られた場合です。ブラックホールの自転エネルギーを効率良く抜き出す物理機構として、1977年に提唱されたブランドフォード=ナエック機構[注4]が研究者の間で知られています。そこでブラックホールが「獲得する自転エネルギー」と「損失する自転エネルギー」が釣り合う時のスピンを計算してみると、測定結果に近いことが分かりました。つまり巨大ブラックホールの自転エネルギーが抜き取られた結果、スピンが小さくなったと考えられるのです。それでは自転エネルギーは何に使われたのでしょうか。

 Sgr A*だけでなく、あらゆる銀河の中心には巨大ブラックホールが存在すると考えられています。この巨大ブラックホールの自転エネルギーは、宇宙ジェット[注5]のような銀河の中心で起こる爆発現象のエネルギー源になると考えられます。光速に近い速度で噴出する宇宙ジェットは、銀河の星形成活動だけでなく、他の銀河の形成活動にも影響を与えます。将来、他の銀河中心にある巨大ブラックホールのスピンを測定することによって、巨大ブラックホールの成長とともに、私達の住む宇宙がどのように進化してきたのかを知る重要な手がかりが得られることでしょう。

 

詳細説明

原著論文

  1. -論文名:「天の川銀河中心の超大質量ブラックホールのスピン測定」

  2. -原題:「Measuring spin of a supermassive black hole at the Galactic centre -- implications for a unique spin」

  3. -著者:加藤成晃(JAXA宇宙科学研究本部)、三好真(国立天文台)、高橋労太(理化学研究所)、根來均(日本大学)、松元亮治(千葉大学)

  4. -掲載誌名:イギリスの学術雑誌”Monthly Notices of the Royal Astronomical Society” 第403巻の第1号に掲載