2010年6月に小惑星探査機「はやぶさ」が小惑星イトカワの微粒子を地球へ持ち帰りました。サンプルカプセルの中には、わずか100 µm(おおよそ髪の毛の太さ)ほどの大きさの微粒子が数多く含まれていました。イトカワの表面物質である微粒子は全世界の研究者たちに配布されており、彼らが行っている分析によって多くの事実が明らかになってきています。しかし、分析だけではわからないイトカワの姿もあるのです。ここでは、「はやぶさ」サンプルの初期分析によって得られた結果と、数値計算から明らかになった小惑星イトカワの昔の姿を紹介します。

イトカワの微粒子とはどういうものでしょうか? 微粒子を構成する鉱物に含まれる鉄やマグネシウムなどの元素分析によって、地球の鉱物とは異なっていて地球外物質である隕石と似た組成を持つことが明らかになりました。主に南極や砂漠で回収されている隕石は、元々小惑星から飛来したと考えられてきました。このことが微粒子の分析によっても確かめられたことになります。さらに詳細な分析から、イトカワ微粒子が800℃以上を一度は経験したことが示唆されます。また、鉱物中の同位体分析により、その鉱物が形成された年代を調べたところ、太陽系ができてから760万年後にイトカワ微粒子が700℃以上の環境にさらされたことがわかりました。

こうして、イトカワ微粒子を分析することで温度に関する事実が明らかになりました。一方、現在の小惑星イトカワの大きさは200〜500mと現在発見されている小惑星の中でも小さい方です。こんな小ささで800℃まで内部が温まることができるのでしょうか? この質問に答えるためには数値計算を行う必要があります。

お湯を沸かすにはポットやガスコンロ、冷凍食品を温めるには電子レンジを使います。小惑星のような天体を温めるには何を使うのでしょうか? ここでも放射性同位体元素の出番となります。放射性同位体元素はある時間経つと別の元素に変わります。その際に放出されるエネルギー(崩壊熱と呼ばれます)で小惑星を温める、と考えられています。過去に行われた研究でもよく使用されてきたアルミニウムを我々の研究でも熱源の候補として採用しました。質量数26のアルミニウムは半減期72万年でマグネシウムに変わります。イトカワ微粒子に成分が近い隕石は岩石のみから構成されている未分化の天体から来たと考えられています。分化とは内部が高温になってから地球のようにコアとマントルなどに分離することで、逆に未分化とは分離していない状態のことです。計算で用いた天体もそのような未分化の岩石天体だと仮定しました。また、元になった天体は球対称であると仮定して、その大きさやその形成時期を変えて多数の数値計算を行いました。マグカップの中にあるコーヒーとお風呂にためたお湯が冷める時間の差を想像してください。それと同じように、小さい天体ほど温まったとしてもすぐに冷えてしまいますが、大きい天体ほど冷えにくくなります。一方、熱源であるアルミニウムは崩壊して別の元素になってしまうために時間がたつにつれてだんだん減っていきます。このことは形成時期が早い天体ほど熱源であるアルミニウムがたくさんあるために温めやすいのですが、逆に形成時期が遅い天体ほど熱源が少なくなってしまって温めにくくなっていくことになります。

計算の一例として、太陽系ができてから約200万年後に形成された半径30kmの天体の、中心から表面の温度進化を図1に示します。赤い部分が高い温度、青い部分が低い温度を示していて、右にいくほど時間が進み、下から上にいくほど天体中心から表面に近づいていきます。この計算結果では天体の中心付近はイトカワ微粒子の観察事実(800℃以上を経験し、760万年後にも700℃以上)を満たしています。条件を変えてたくさんの数値計算を行った結果から、微粒子の観察結果を満たすような天体の姿が明らかになりました。それは、現在の小惑星イトカワの大きさよりはるかに大きい、半径20km以上の天体であることがわかりました。さらに、そのような大きさの天体は太陽系ができてから約200万年後に形成されたことまでわかりました。元になった天体から現在のイトカワになるまでの歴史を図2に示します。残念ながら今回の研究では、今のサイズになるような衝突がいつ起こったかまでは明らかになりませんでした。今も行われている微粒子の分析結果から衝突イベントが起きたタイミングも明らかになるかもしれません。新しい分析結果の便りが届くのを楽しみにしています。

図1 半径30kmを想定した天体内部での温度進化の計算結果

図1 半径30kmを想定した天体内部での温度進化の計算結果

図2 「小惑星イトカワが辿ってきた歴史」

図2 「小惑星イトカワが辿ってきた歴史」

最後に、ここで紹介した研究に一緒に取り組んだ共同研究者の方々と執筆の機会を与えてくれた宇宙科学研究所の方々に感謝します。