木星の衛星イオは太陽系で最も火山活動が活発な天体です。イオの表面には多数の火口や溶岩が存在していることが知られています(7-図1※1)。火口からの噴出物や、火山噴出物が降り積もってできた硫黄酸化物の霜が太陽光や溶岩によって昇華した物質が希薄な大気を形成し、やがてイオの重力圏を脱出していきます。イオから流出するガスは毎秒1トンに及び、木星磁気圏内のプラズマの質量の9割を担う主要なプラズマ源となっています。イオからの大気の流出過程を明らかにすることは、木星磁気圏への影響を理解するうえでも重要な研究課題となっています。

7-図1

7-図1 Voyager 1で撮影されたイオ表面とLokiの噴火の様子(image credit; NASA/JPL/USGS)。

イオの希薄な大気は主に二酸化硫黄などの硫黄酸化物およびその解離により生成された酸素や硫黄原子で構成され、塩化ナトリウムを微量に含んでいます。これまでは火山活動による希薄な大気の変動はイオ起源の塩化ナトリウムが解離してできたナトリウム原子の発光を地上観測することで検出されてきました。主な理由としては次の2つが挙げられます。1つ目は火山活動を示すイオからの赤外放射量とナトリウム原子の発光量に相関が報告されていることです。2つ目は酸素や硫黄の原子の発光は暗いのに対し、ナトリウム原子は可視光の589.0 nm, 589.6 nmにおける共鳴散乱断面積が大きく、とても明るく発光するため、天候さえよければ地上から長期間連続観測することが可能だからです。しかし、ナトリウム原子は微量成分であり、これだけでイオの希薄な大気を十分に調査したということにはなりません。希薄な大気の大部分を占める酸素原子の振る舞いについてはこれまで知られていませんでした。

私たちは「ひさき」を用いて、130.4 nmの紫外波長でイオ周辺(イオを中心として木星半径程度の範囲)の酸素原子発光強度の変動を解析しました。地球の周りに広がるジオコロナには酸素原子が含まれており、太陽光の共鳴散乱により同じ波長で発光するため、イオ周辺の酸素原子発光の変動を観測する上で大きな妨げとなっていました。しかし、私たちは「ひさき」が地球の影を飛翔し太陽光の影響がないときのデータのみを用いて解析することで、暗いイオ起源の酸素原子発光のみを抽出することに成功しました。その上で、私たちは酸素原子発光の変動と同時期に観測されたナトリウム発光やイオ表面の赤外放射量の変動を比較しました。

7-図2は2014年11月下旬から2015年5月上旬に「ひさき」によって観測されたイオ周辺の酸素原子発光の変動(7-図2上※2)と、同時期に地上観測されたイオ起源のナトリウム発光の変動(7-図2下※3)を表しています。酸素原子の発光がナトリウム発光から推定される火山活動静穏時(11月〜1月)と比べて、活発な時(2月)は2倍以上明るくなったことが分かります。これはイオ周辺の酸素原子量が増大していることを示しています。これまで、イオの大気形成に対する火山活動の直接的な寄与については明らかになっていませんでしたが、その観測的な証拠が初めて得られました。また両者の発光を比較したとき、酸素原子発光のピークが平穏時の明るさに戻るまでの期間は、ナトリウムのものと比べて長いことがわかります。この原因を火山活動による供給量の差として理解すると、二酸化硫黄と塩化ナトリウムの昇華温度の違いで説明することができます。塩化ナトリウムは昇華温度が高いため、高温の火口からの噴出が静まるとすぐに供給量が減ります。一方、硫黄酸化物は昇華温度が低いため、高温の火口の噴出物のみならず、より低温の溶岩によるイオ表面の昇華によって、供給が持続すると解釈できます。

7-図2

7-図2 2014年11月〜2015年5月の間に観測されたイオ周辺の酸素原子発光強度の変動(上※1)とイオ起源のナトリウム原子発光強度の変化(下※2)。横軸は2015年1月1日からの経過日を表している。

また、赤外放射量(3.8 µm)の観測によって「ひさき」の観測期間中の2015年1月下旬と4月上旬にそれぞれイオのKurdalagon Pateraとよばれる火山地帯において火山活動の増大が観測されました※4。1月のイベントは酸素およびナトリウム原子の発光の増大に対応しますが、4月のイベントでは対応する増大は見られませんでした。この違いは火山活動のイベントによってガスの放出を伴う場合と伴わない場合が存在することを示唆していますが、その原因はいまだに説明できていません。ガスの供給量と火山活動度の対応関係、及び硫黄酸化物と塩化ナトリウムの供給メカニズムの違いをより理解するために、今後も「ひさき」を使ってイオ起源の酸素原子発光のモニターを続けたいと思います。

7-※1 NASA/JPL/USGS (https://www.nasa.gov/mission_pages/voyager/multimedia/pia00010.html)
7-※2 R. Koga et al., Icarus, 299, 300-307, doi:10.1016/j.icarus.2017.07.024 (2017).
7-※3 M. Yoneda et al., Icarus, 261, 31-33, doi:10.1016/j.icarus.2015.07.037 (2015).
7-※4 K. de Kleer and I. de Pater, Icarus, 280, 378-404, doi:10.1016/j.icarus.2016.06.019 (2016).