あかり」は、赤外線という目に見えない光で暗い天体までとらえることを目的とする衛星です。そのため、普通の可視光用の望遠鏡にはない性能が要求されます。可視光用の望遠鏡では、望遠鏡自身が光ってしまうと困るので、普通、望遠鏡の筒などは黒く塗装されています。赤外線の望遠鏡でも同じことがいえます。望遠鏡が暖かいと赤外線で光ってしまうため、望遠鏡を冷やす必要があるのです。冷やすといっても、とても暗い天体の観測の邪魔にならないようにするためには、マイナス267℃という非常に冷たい温度、極低温にする必要があります。一般にものを冷やすと縮みますが、縮む程度は材料により異なり、また材料がきちんとしていないとゆがんでしまう場合があります。鏡がゆがむときれいな像がとれませんから、極低温まで冷やしてもゆがまない鏡・望遠鏡システムをつくり上げることが「あかり」では要求されました。

衛星に載せるための特別な制限もあります。衛星が持っていける重量は非常に厳密に制限されます。望遠鏡は「あかり」の中でも主要部分を占めるため、できるだけ軽くつくる必要があります。また、ロケットで打ち上げるときには大きな加速度がかかるため、それに耐える十分に頑丈な望遠鏡をつくる必要があります。

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図27 「あかり」望遠鏡

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図28 「あかり」望遠鏡の冷却試験装置での測定風景

このように軽く、強く、かつ冷やしてもゆがまない望遠鏡が要求されたわけですが、これらの要求は、どちらかというと相反するものです。強い望遠鏡にするには重くした方が有利ですし、冷やしやすい金属の鏡はゆがみやすいという問題を抱えています。従来鏡に使われているガラスでは、これらの「あかり」望遠鏡の条件を満たすことはとても難しかったため、我々は炭化ケイ素(SiC)と呼ばれる新しい素材による鏡の開発を行うことにしました。炭化ケイ素はいわゆるセラミックで、比較的軽く、しかも強度が強いことが分かっていましたが、冷やしてどうなるかは未知の世界でした。我々は特殊な炭化ケイ素の小型鏡を試作し、冷却試験を何回も行い、極低温まで冷やしてもゆがみが非常に少ないことを確認しました。ここで特殊といったのは、芯には穴ぼこの多い材料を使い、表面にはやや重い、密度の高い炭化ケイ素の膜を付けた材料のことです。このようなサンドイッチ構造の材料を使うことにより、軽く、強く、精度の良い鏡をつくることができました。この鏡を使って、図27に見られるような「あかり」の望遠鏡ができました。主鏡の大きさは直径71cm(有効口径は68.5cm)で、重量は11kgです。

「あかり」の望遠鏡はさらに、図28に見られるように、大型の冷却装置に入れて極低温での性能評価を何回も行いました。低温実験は1回が数週間かかるという手強いもので、初めのころは徹夜で測定を行いました。実はこの低温試験を行っているうちに、鏡を支えている部分の接着がはがれるという事故が起こり、打上げが延期になってしまい、多くの方に迷惑を掛けることになりました。その後宇宙科学研究本部の工学の方々の協力により、大幅な設計の見直しが行われました。このように、多くの人の努力に支えられて現在の「あかり」望遠鏡が出来上がったのです。打ち上げられてからの「あかり」望遠鏡は、何のトラブルもなく予想通りの高い性能を発揮し、これまで観測を続けています。

(おなか・たかし、かねだ・ひでひろ)