大マゼラン雲(以下LMC)は、我々が住んでいる天の川銀河のお隣にある別の銀河で、南半球に行くと肉眼でもぼんやりと雲のように見えます。地球から約16万光年程度のところに位置しており、宇宙規模の距離でいえば、とてもご近所にある銀河です。そのために、わりと小口径(1m弱程度)の望遠鏡でも、LMCに存在する星を一つ一つ分離して調べることが可能です。そこで、私たちは「あかり」を用いて、LMCに存在する年寄り星たちを一つ一つ調べました(図11)。

まず、なぜ天の川銀河にも存在する年寄り星を調べずにLMCの年寄り星を調べるのか? という疑問が生まれると思います。それは、例えて言うならば、日本とアメリカではお年寄りを取り巻く環境が大きく異なることを利用して、日本のお年寄りとアメリカのお年寄りの「違い」の理由を調べるようなものです。天の川銀河に存在する年寄り星の性質はこれまでの研究でだいぶ調べられていますから、今回新しくLMCの年寄り星を調べて、両者の「違い」を知ることが目的です。次に、なぜ年寄り星を調べるのか? という疑問も生まれたと思います。それは、人間とは違い(最近はそうでもない?)、年寄り星は太陽のような壮年期にある星に比べて非常に「活動的」であるからです。どのように活動的かというと、周期的に星の明るさが変化したり(中には1年程度の間に1000倍以上も変化する星があります)、ガスや塵などの物質を宇宙空間に吐き出したりしているのです。

本稿では、後者の塵を吐き出すことについての研究成果をご紹介したいと思います。これまでの研究で、年寄り星が吐き出す塵には、大きく分けて、酸素が含まれるものと炭素が含まれるものの2種類があることが分かっていました。酸素が含まれる塵の代表例はケイ酸塩(道ばたの石ころや砂の主成分)やアルミニウムの酸化物(ちなみにアルミニウム酸化物にクロム、チタン、鉄などが微量混じったものはルビーやサファイアと呼ばれ、女性に人気があるようです)で、炭素が含まれる塵にはすすのようなものや炭化ケイ素などがあります。

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図11 大マゼラン雲の「あかり」近・中間赤外線カメラによる画像
3、7、11マイクロメートルのイメージから疑似カラー合成を行った。青く光っているのが主に年老いた星。

「あかり」の近・中間赤外線カメラ(IRC)による観測データを詳しく解析すると、年寄り星が吐き出すガスや塵の種類や量を知ることができます。私たちは、これまで感度の問題で観測できなかったLMC中の年寄り星を、「あかり」で多数観測しました。年寄り星が吐き出した塵が出す光の強さなどを詳しく調べた結果、年寄りとしては比較的若い星と本当に年寄りな星では、吐き出している塵の主成分が異なることが分かってきました。前者は主に酸化アルミニウムからなる塵を、後者は主にケイ酸塩からなる塵を、それぞれ吐き出していたのです。年寄り星から吐き出される塵が時間とともに変化していくことを示唆するデータが得られたのは、「あかり」によるLMCの観測ならではのことです。

私たちの身の回りにある物質はどこから来たのか? と疑問に思ったことはないでしょうか。天地開闢のときにできたのは、ほとんどすべて水素とヘリウムです。そのほかの元素は星の内部で合成されて、上記のようにして年寄り星が宇宙空間に吐き出したり、超新星爆発のときに合成されて宇宙空間にばらまかれたり、ということをずっと繰り返して、現在まで蓄えられてきたものです。道ばたの石ころや、あなたの体をつくる炭素や窒素の何割かは、源をたどると年寄り星が吐き出した塵とガスに行き着きます。年寄り星が宇宙の物質進化と循環に一役も二役も買っていると知ると、現在の日本と照らし合わせて面白いとは思いませんか。

(いた・よしふさ)