中性子星は物理の宝庫

太陽からわずか2,300光年の近傍に、「竜の卵」という名前のX線で輝く未知の中性子星が見つかった。その表面には、強い重力場に適応したミリメートルの小さな知的生命体「チーラ」が文明を築いている。チーラの生命活動は原子核物理に由来し、人類よりも遥かに短い時間で進化し、やがて人類と交信を始める...。これは、1980年にアメリカで出版されたハードSF小説『竜の卵(原題:Dragon's Egg)』のストーリーだ。その末尾に添えられた専門的補遺も面白く、私たちが知る物理で許される生物が想像力たくましく描かれている。このSF小説を取り上げたのには訳がある。作者は、物理学者でSF作家のロバート・L・フォワード(Robert L. Forward)。彼はメリーランド大学での博士論文で重力波を研究し、指導教員は共振型重力波検出器で有名なジョセフ・ウェーバー(Joseph Weber) だった。重力波を検出したとする1969年の報告(Weber, PRL, 1969)は追試ができず、今では否定的な結論になっているが、重力波物理学の黎明期を切り開いた人物とされている。その人間ドラマは、ジャンナ・レヴィン(Janna Levin)著『重力波は歌う(原題: Black Hole Blues and Other Songs from Outer Space)』に詳しい。そして、中性子星の発見された1967年から半世紀にあたる2017年は、連星中性子星の合体からの重力波が検出された記念すべき年となった。

フォワードのように、中性子星は多くの天文学者と物理学者を惹きつける。中性子星は大質量星が超新星爆発を起こした後に残る特殊な天体である。半径 12 km の中に、太陽質量の約1.4 倍の物質が閉じ込められ、きわめて重力が強い。そのため、星表面からの光は赤方偏移を受け、裏面からの光が曲げられて観測者に届いたりする。さらに中性子星の連星では、軌道運動を変えるほどの強い重力波も出る。この強重力で星が潰れないのは、内部が地上で実現できないほど高密度で、原子核同士が融けあって核力が星を支えるためである。中心に向けて密度は増し、コアではハイペロンなど、通常では見られない特殊な粒子が発生するとも言われる。この中性子星の内部がどうなっているのかは、現代の基礎物理学における重要な未解決問題のひとつになっている。

超新星爆発で星の半径が桁で小さくなると、中性子星は1秒に何十回転もの高速の自転をする。フィギュアスケートで回転しながら腕を縮めて回転が速くなるのと同じ要領だ。その高速の回転で荷電粒子が外向きに加速されて吹き出すパルサー風と観測されている。また、小さな空間に押し込められて磁場が強くなり、電子は磁力線に沿っては動けるが、垂直には動けずエネルギー準位が離散化する。その結果、星のスペクトル(色)にその証拠(電子サイクロトロン共鳴)が見えるようになる。このように、中性子星は「強重力」「高密度」「高速回転」「強磁場」あるいは「強い輻射場」など、極限的な物理を調べる上で魅力的な宇宙の実験室を人類に提供してくれている。これらの物理環境にある中性子星は、天文学者だけでなく物理学者にとっても、とてもワクワクできる天体である。

中性子星の多様性と磁気活動の星「マグネター」

中性子星は周期的な電波信号を出すパルサーとして、今から半世紀ほど前の1967年に発見された。現在では 2,500天体ほどが知られ、多様な種族が見つかっている。私たちに身近な可視光で光る星は核融合をエネルギー源とし、どのようなタイプがどう進化するかは長年の研究でほぼわかっている。一方で中性子星は「どういう種族がいて、どう進化するか」は十分にはわかっておらず、宇宙科学における最前線になっている。中性子星にも個々の天体に大きな個性があり、それぞれ魅力的な観測対象であるが、幅広い視点で見れば「中性子星の多様性と進化の統一的理解」を目指すのが、現在の観測的研究の大きな流れといえる。

図1

図1 これまでに発見されてきた中性子星の自転周期とその変化率(Enoto et al., ApJS, 2017より改変「ATNFカタログを利用」)

図1は中性子星の分類によく用いられる、自転周期とその変化率の「P-Pdotダイアグラム」である。大多数の中性子星は電波パルスを出す天体で、星の回転エネルギーが、外向きに吹き出る荷電粒子の流れや、電磁波放射に変換されている。中性子星はグリッジ(※)を除けば安定で静的な姿が想像されるが、近年の観測では、莫大なエネルギーをガンマ線で放出する巨大フレアや、ミリ秒のスパイク状の放射(ショートバースト)、突発的なX線での増光など激しい活動が数多く見つかり、動的な姿が明らかになってきた。こういった活動性の理解の鍵は、星の内部に潜んでいる強い磁場と、それに起因する磁気活動と考えられており、最も極端な例は、銀河系内などに20個ほど見つかってきた宇宙最強の磁石星「マグネター」である(図2)。さらに、マグネターと通常の電波パルサーの中間的な性質をもった強磁場パルサーや、超新星残骸の中心に見つかってきた軟X線点源 Compact Central Objects (CCOs)、突発的に電波パルスで発見された Rotating RAdio Transients (RRATs)、 X線で輝く地球近傍の中性子星 X-ray Isolated Neutron Stars (XINSs) など、多様な種族が見つかっている。XINSs などは地球近傍の星と考えられており、まさに本稿の最初に紹介した「竜の卵」にそっくりだ。磁気活動を起こす活動的な姿が認識されるにしたがって、誕生後に徐々に磁場を減衰しながら進化する中性子星の姿が描かれはじめている。

図2

図2 (左)超新星残骸とその中心に見つかったマグネターのX線画像 (Ryo & Petre, ApJ 1997より) 、(右) マグネターの想像図  ©︎Ryuunosuke Takeshige and Teruaki Enoto (Kyoto University)

日本の5代目のX線衛星「すざく」も、マグネターを中心に強磁場の中性子星を観測してきた。たとえば、2008年に発見されたマグネターSGR 0501+4516を世界に先駆けて観測し、その特徴をいち早く報告している。突発増光したマグネター1E 1547.0-5408 からは、図3のような、これまで知られていなかった硬X線も発見された。「すざく」衛星の広帯域という特徴を活かし、星の表面の熱放射とは明確に区別できる硬X線の放射を次々に検出し、その強度やスペクトルの傾き(光子指数)は磁場の強さに相関するとも指摘している。私たちも中性子星の統一に向けた大きなストーリーに挑んでいる。より詳しくは「宇宙最強の磁石星: マグネター観測で垣間見る極限物理」(『パリティ』2015年8月号)をご参照されたい。

(※) 規則的なパルス信号の到来時間が急に乱れる現象で、中性子星の回転が急に速くなり、その後ゆっくりと元の状態に近付いていく。

図3

図3 X線天文衛星「すざく」によって発見されたマグネターの硬X線放射 (Enoto et al., PASJ, 2010)

国際宇宙ステーション搭載のX線望遠鏡 NICER

中性子星内部の高密度状態は、原子核と宇宙物理にまたがる重要な問題である。その状態を密度と圧力というミクロな物理量で記述する「状態方程式」は、積分すると星の質量と半径というマクロ物理量に対応する。したがって、質量と半径の観測が重要な意味をもっている。質量の測定は、中性子星が別の星と連星を組みお互いの周りを公転する場合に、星から出る電波ビームや表面からのX線パルスの観測から連星軌道パラメータを測定すれば、精度よく求められる。一方で半径を知るには、星の表面からのX線を観測する必要があり、天体までの距離の不定性や、星の大気、星間空間での吸収の影響も大きく、精度のよい測定がきわめて難しい。

そこで注目されているのが、強い重力場で近傍の空間が曲がり光の経路が歪んでくる効果である。同じ質量の中性子星でも、この効果は半径が小さいほど強いため、星の裏側のホットスポットからの光が回り込んで観測者に届く。そこで、星の自転に伴う明るさの変化(パルス波形)を精密に測定することで、空間の曲がり具合を測定し、星の質量-半径比を測るアイデアがある。この測定には数多くのX線光子を検出する必要があり、そのために開発されてきたのが NASA が主導する大面積X線望遠鏡 Neutron star Interior Composition ExploreR (NICER) だ。これはX線を集める直径14 cmほどの集光系と、その焦点面に設置するシリコンドリフト検出器を56個束ねた装置で、中性子星の表面からの熱放射に特化した1.5 keVで最も多くのX線を集めるよう設計されている。私はNASA での研究員時代に、このプロジェクトに誘われ、X線集光系の開発・製作から、打上げに向けた較正作業やサイエンス解析に携わってきた。図4のNICERは、かわいい我が装置である。

図4

図4 中性子星を主目的にしたX線望遠鏡NICER(左)は、国際宇宙ステーションに搭載すべくSpaceX社のFalcon 9ロケットで打ち上げられた(右) ©NASA

2017年6月3日にケネディ宇宙センターからSpaceX 社のFalcon9ロケットで NICER は打ち上げられ、国際宇宙ステーションに搭載されて観測を開始した。打上げにも招待され、人類で2番目に月に降り立ったバズ・オルドリンのトークに感動し、開発メンバーの一人として紹介された嬉しさは格別だった。NICER は現在、国際宇宙ステーションで順調に観測を続けており、中性子星の質量・半径測定を目的とする主要ターゲットの観測はもちろん、日本が誇る全天X線監視装置MAXIが見つけた突発天体を追跡観測するなど、大活躍している。まさにサイエンス結果を出す時期に差し掛かっており、私は、6つあるサイエンス検討グループのひとつである「マグネターと磁気圏」のリーダー役を仰せつかっているため、チームメンバーとともに結果に繋げられるように頑張っていきたい。

これからの中性子星の観測的研究

中性子星には「多様性」と「基礎物理」の両方を視野に入れた魅力がある。この数年で、中性子星連星の合体に伴う重力波が見つかり、それにより状態方程式を解明する可能性が開けるなど、研究も新しいフェーズに入ってきた。では、X線による中性子星の観測から、これまでの延長線上の発展を超えて、質的に新しい進展は期待できるだろうか?

ひとつ魅力を感じるテーマとして、高速で自転している中性子星からの定常重力波がある。磁場が減衰して弱くなった中性子星では、質量降着に伴って角運動量が持ち込まれ、スピンアップして高速で自転するようになる。これらの高速自転する中性子星は、サブミリ秒まで回転周期が早くなると、遠心力で破壊されてしまうはずである。実際には、これらの中性子星は壊れることなく高速回転しており、何らかの機構が角運動量を外に持ち逃げしている。降着円盤が寄与するという考えもあるが、中性子星の表面に小さな山があるなど球対称から形状が僅かに歪んでいると、高速自転に伴って放出される重力波が角運動量を持ち逃げするというアイデアもあり、重力波干渉計LIGO での精力的な探査が行われている。しかし、この種の天体の多くでは自転周期がわからないため、探査の計算リソースが莫大で、現時点では定常重力波は見つかっていない。

最も有望なターゲットは、全天で最も明るいX線天体のひとつ「さそり座X-1」である。この中性子星は高速自転していると考えられるが、磁場が弱くパルスが見えないため自転周期はわかっていない。しかし、2つの準周期振動が見つかっており、その差分周波数が自転に対応するのではと考えられており、重力波探査もその情報に基づいて行われている。残念なことに、差分周波数は質量降着率に伴い変動するので、モニタリング観測が必要になる。この天体は最先端のX線望遠鏡では明るすぎ、稀にしか観測も行われない。そこで私たちは、この条件を逆手にとり、NICER のモジュールのひとつを転用し、さそり座X-1だけを専用に観測できる小型衛星の検討を進めている。巨額の予算をかけリスクのとれない大型衛星で挑戦的テーマは難しいが、小型なら機動的に挑戦的テーマを狙える。

小規模なチームで夢は描けるだろうか? 実際に私たちは、X線天文学で培った放射線検出の技術を地球科学に援用し、学術系クラウドファンディングのサポートも得て、雷雲や雷で発生する高エネルギー大気物理現象の観測から「雷で生じる光核反応」を検出した(Enoto et al., Nature 2017)。わずか10人ほどのチームでも、英国物理学会が選定する2017年における十大物理学ブレークスルーのひとつに、中性子星の連星合体に伴う重力波の検出と並んで選ばれた。この経験から、小さなチームでも、小型で機動的なサイエンステーマを適切に狙うことで、巨大プロジェクトに負けないピリリと意義のある成果を出せると信じている。今後は宇宙科学で中性子星を舞台に、研究者のみならず、社会の多くの人々の好奇心を満足させるような研究プロジェクトを展開したい。これまでの研究を応援してくださった皆様に改めてお礼を申し上げると同時に、今後の中性子星にまつわる研究の展開にもご期待いただきたい。

謝辞

本稿は、第10回宇宙科学奨励賞の成果に関連して執筆されたものです。学生時代から研究を手ほどきいただいた牧島 一夫先生、中性子星の研究で目をかけてくださった堂谷 忠靖先生、寺澤 敏夫先生、柴田 晋平先生を始めとする諸先輩、共同研究者とともに、本稿に目を通してくださった木坂 将太さんにもこの場を借りてお礼申し上げます。

【 ISASニュース 2018年6月号(No.447) 掲載】