はじめに:CALETプロジェクト

CALorimetric Electron Telescope(CALET)は国際宇宙ステーション(ISS)日本実験棟 「きぼう」(JEM)船外実験プラットフォーム(EF)のポート占有ミッションで、日本が主導するイタリア、米国との国際共同プロジェクトです。2015年8月19日に「こうのとり」5号機で打ち上げられ、その後2年間の定常運用は極めて順調に実施され、現在は後期運用フェーズに入っています。

CALETによる科学観測

CALETが目指す高エネルギー宇宙線の研究は、粒子の生成・消滅という素粒子物理学・原子核物理学と、粒子の加速・伝播という宇宙物理学の2つの視点から行われています。宇宙の構造や個々の天体現象の総合的な理解のためには、可視光、赤外線、X線、γ線などの電磁波の観測に加えて、宇宙線の観測を行い、天文学的な宇宙像と素粒子的な宇宙像の双方を解明することが不可欠です。

しかしながら、宇宙線のフラックスはエネルギーとともに急激に減少するため、エネルギーが高くなるほど観測装置は大規模かつ高精度という、相反する要求を満足させる必要があります。このような測定技術上の困難さにより高エネルギー宇宙線の研究は未開拓な領域であり、宇宙科学に残されたフロンティアの一つとなっています。特にテラ電子ボルト(TeV)以上の電子や陽子、原子核には新発見を含む飛躍的な成果が期待されています。CALETはこれらの観測に加えて、高エネルギーガンマ線や太陽活動の変化によって変調を受けた電子、及び重力波源を含むX線・ガンマ線トランジェントの観測を同時に行います。このように、CALETは惑星間空間から銀河系外にいたる全宇宙の領域で、いわば「宇宙線天文台」として多様な高エネルギー宇宙像の系統的な解明を目指しています。

観測装置の特徴

CALETは、図1(左)に示すように日本実験棟「きぼう」船外実験プラットフォームに設置されており、主検出器であるカロリメータとガンマ線バースト検出器(CGBM:CALET Gamma-ray Burst Monitor)によって構成されています(図1中央)。カロリメータは、名前が示す通り電子観測に最適化されていて、垂直方向に30放射長(X₀)、及び1.3陽子相互作用長(λI)の厚さがあります。装置最上部に設置した電荷検出器(CHD)により入射粒子の電荷量を測定し、エネルギー測定や電子/陽子識別などは、イメージングカロリメータ(IMC)と全吸収カロリメータ(TASC)によって行われます。

図1(右)には、カロリメータの側面からみた概略図と1TeV電子のシミュレーション例が示されています。 このように、TeV領域の電子シャワーがほぼ完全に装置内で検出可能であることから、従来の装置にはない卓越した電子/陽子選別性能(10⁵)とエネルギー分解能(〜2%)を実現しています。

図1

図1 JEM-EFに取り付けられたCALET(左)とCALET概念図(中央)と1TeVの電子シャワーのシミュレーションを記入したカロリメータの側面概略図(右)。

観測運用と軌道上装置較正

CALETの軌道上運用のため、JAXAつくば宇宙センターと早稲田大学にそれぞれ地上局(JAXA‒GSE)とCALET運用局(Waseda CALET Operations Center; WCOC)が設置されています。観測データは、NASAのリレー衛星(TDRS)と地上局を経てJAXA地上局にて受信され、同時にWCOCに転送されます。

軌道上で得られた観測データは、恒常的に経年変化等に対する較正を行うことにより、電子観測では30 GeV以上で2%のエネルギー分解能が達成されています(Astroparticle Physics, 2017)。入射粒子の電荷分解能は、素電荷を単位として陽子で0.1、CNO(炭素・窒素・酸素)では0.15で、Fe(鉄)の領域まで0.28が達成されています。その他の観測性能も同様な装置較正により長期間の安定性が確認されています。

科学観測目的と初期成果
高エネルギー電子

カロリメータでは、1GeV‒20 TeVのエネルギー領域で 電子+陽電子(全電子)スペクトルを精密測定することにより、太陽系近傍にある加速源や暗黒物質の探索に挑戦するとともに、超新星残骸における衝撃波加速機構と銀河内拡散過程を記述する「標準モデル」を高精度に検証することも目指しています。

電子は銀河磁場によるシンクロトン放射と星間光子による逆コンプトン散乱により、エネルギーの2乗に比例してエネルギーを失うため、TeV領域で観測される電子加速源は近傍(1kpc以内)かつ若い(10万年以内)天体に限られます。そのような条件を満たす加速源の候補である超新星残骸は、Vela、Monogem、Cygnus Loop の3天体のみであり、これらの天体においてTeV領域まで加速された電子を初検出することが期待されています。

さらに、PAMELAやAMS‒02 ※1は、10 GeV以上で陽電子の過剰を示すデータを報告しています。これは、未知の陽電子加速源の存在を強く示唆しています。その候補としては、パルサー説と暗黒物質説がありますが、いずれの場合も電子・陽電子対として、陽電子と同量の電子が生成されるため、全電子フラックスの過剰がCALETによって観測されることが期待されます。

CALETは、図2(左)に示すように、3TeVに至る全電子エネルギースペクトルの直接観測に初めて成功しています(Physical Review Letters, 2017)。図2(右)は実際に観測された3.05 TeVの電子の候補例です。今回の結果は測定原理の異なるAMS‒02と1TeV以下で一致しており、双方の系統誤差が正しく評価されていることを示しています。また、これまでの限界を更新し、TeV領域でのフラックスが急激に減衰を示す(カットオフ)構造や、数百GeVから1TeVにおけるスペクトルに単純なべき型形状からずれる微細構造の存在を示唆する結果が得られています。今後も観測を継続して統計量を1桁程度増やし、優れたエネルギー分解能を活かしてTeV領域での近傍加速源や暗黒物質に由来するスペクトル構造の有無を決定することが期待されます。

図2

図2 約1.7年間の観測データの55%を解析して得られたCALETの全電子エネルギースペクトル(PRL 119(2017)181101)の結果とこれまでの観測結果。右図は3.05TeVの電子観測例を、X‒Z(上)およびY‒Z面(下)で示す。色は各センサーで測定された粒子数を示す。

陽子・原子核+超重核

CALETでは、6桁の範囲に及ぶエネルギー測定により、 陽子・原子核について粒子あたり1PeV(=10³ TeV)までの測定が可能です。この領域では、"Knee"の原因と考えられている、超新星残骸における衝撃波加速の上限エネルギーが、原子核の電荷に比例して検出されることが期待されています。さらに、最近のPAMELA、AMS-02 およびCREAM ※2の観測から報告されている、陽子及びヘリウムのエネルギースペクトルが200 GeV以上で単純なべき型形状に対してハードになっている現象を、高精度に観測できる性能があります。

これまでの観測から、まだ初期的な結果ですが、図3(左)に示すように主要な原子核成分について、100 TeV領域までスペクトルを得ることができることが確認されており、高精度なデータ解析が進行中です。今後の解析により、原子核成分を含むスペクトルの硬化や、伝播機構の理解に不可欠な二次核と一次核の比(ここではホウ素/炭素比)のエネルギー依存性について、新たな成果の発表を予定しています。さらに、超重核について存在比がZr(Z=40)まで観測されており、図3(右)※3に示すような初期的な結果が得られています。

図3

図3 主要な重原子核のエネルギースペクトル(左)と超重核(Z=28-40)の鉄核(Z=26)に対する割合(右)の初期的な観測結果。

高エネルギーガンマ線

CALETは1GeVからTeV領域においてガンマ線の検出性能を有しています。明るいガンマ線源はもちろん、フレアを起こす天体の検出や、銀河内拡散成分の観測が TeV領域まで可能です。ISSの軌道に伴う観測領域の制限により、銀河座標系における検出感度が全天に対して不均一ですが、銀河中心や反中心領域の観測が可能です。これまでに、Crab、Geminga、Velaパルサーをはじめ、変動天体である活動銀河核CTA102などの点源や、銀河内拡散成分が観測されています。これらのフラックスは、Fermi/LATの結果と誤差内で一致しており、CALETの観測性能が正しく検証されています。

ガンマ線バースト(GRB)と重力波源天体探査

CGBMは、約7keV〜1MeVの帯域を観測する硬X 線モニター(HXM)2台と約100 keV〜20 MeVの帯域を観測する軟ガンマ線モニター(SGM)から構成されています。CGBMのトリガーにより、カロリメータで1GeV以上のGRB成分の検出が可能で、7keVからTeV 領域までの超広帯域の観測を目指しています。

CGBMはこれまでに期待通りの頻度(約1例/週)でGRBを検出しています。そのうち、継続時間が2秒以下の短いGRBが約20%、その他が長いGRBと判定されていて、この割合は他の観測とよく一致しています。

短いGRBは、中性子星同士あるいはブラックホールと中性子星との衝突合体により発生するという説が最も有力であり、重力波を伴う短いGRB観測は、CGBMの当初からの目標の一つでした。

CGBMとカロリメータは、広視野と相俟って重力波対応天体の探索にユニークな役割を果たすことが可能で、 すでに2番目の重力波イベント(GW151226)についてX・γ 線放射の上限値を報告しています(ApJL, 2016)。この重力波はブラックホール連星の合体とされており、電磁波放射を伴わないというCALETの結果と整合しています。最近の中性子星連星の合体と思われる GW170817は、CGBM(及びカロリメータ)の視野外でしたが(ApJL, 2017)、今後の重力波対応天体探査に期待が持てます。

太陽活動に伴う電子

太陽活動の長短期変動に伴い、地球磁気圏の電子フラックスが変動します。新たな展開として、Relativistic Electron Precipitation(REP)と呼ばれる、バンアレン帯から大量に放出されるMeV電子とそのフラックスの特徴的な高速振動がISSで初めて、CALETによって検出されました(GRL, 2016)。今後は、REPの連続観測により、宇宙天気予報の高精度化に必要な電磁イオンサイクロトロン波(EMIC)の解明も期待されています。

まとめと今後の展望

CALETは期待通りの性能を発揮して順調に観測が行われており、当初目的のTeV領域電子の高精度観測が達成されています。加えて、原子核やガンマ線の観測においても、データ解析の進展により大きな成果が期待されます。重力波に付随した電磁波の観測など突発的現象に対する観測において、重要な貢献が期待できます。所期目的の達成には、いずれの観測においても長期間かつ安定的な観測運用が不可欠であり、少なくとも5年間の観測期間を確保したいと思っています。

● 共著
浅岡 陽一(早稲田大学理工学術院総合研究所 次席研究員)
森  正樹(立命館大学理工学部 教授)
吉田 篤正(青山学院大学理工学部 教授)

 

※1 PAMELA、AMS‒02はマグネットスペクトロメータを搭載した宇宙線検出器であり、電荷の正負を区別することが可能。
※2 NASAの南極周回気球に搭載されたカロリメータ型の検出器で、これまでに6回の観測を行い最も長い観測時間を達成している。
※3 図中SuperTIGERとあるのは、超重核測定においてもっとも高性能な南極周回気球搭載装置。

【 ISASニュース 2018年3月号(No.444) 掲載】