●ミッションマネージャ 高島 健

ERG衛星の打上げは、相模原の運用管制室で迎えました。カウントダウンが進み、打上げに向け熱気があふれる中、私はERG衛星がこれまで開発に携わった方々の思いに応えてくれることを確信し、静かな心でその瞬間を待つことができました。強化型イプシロンで放射線帯という厳しい環境へ向かうERG衛星は、大航海時代にまだ見ぬ大陸を目指した偉人たちのチャレンジ精神を間違えなく引き継いでいると思っています。打上げ後、第一可視を待ち受けたサンティアゴ局にERG衛星から電波が届き、想定通りの動作結果を確認。生みの親たちの心配をよそに、しっかりとした子でした! 軌道上で産声をあげたERG衛星は、「あらせ」と命名されました。

「あらせ」には8つの観測機器(ハード)と1つの観測装置(ソフト)が搭載されています。「観測したい現象がどのような過程で起こっているのか?」を詳細に理解するためには、広い計測範囲を持った観測機器群がどうしても必要でした。小型衛星に8つの観測機器を搭載するには、互いの視野干渉も避けられません。機器開発担当者同士により、サイエンス達成のために「どこを優先してどこを諦めるか」を深く議論した結果が搭載位置に反映されました。単なる紙上の機械的なインターフェース議論ではなく、"face to face" の真摯な議論がミッション観測チームとしての意識を高め、一丸となってここまでたどりついたのだと思います。そしてもう一つの装置がコーラスと電子の相互作用を世界で初めて直接観測することを目指すソフトウェア型波動粒子相互作用解析装置(S-WPIA)です。検出される一つ一つの電子と波動の関係を調べていく計算装置です。九つの頭(観測機器・装置)を持ち、放射線の謎に挑む姿を九頭龍になぞらえて、開発中のクリーンルームには九頭龍神社の御札が置かれていました(というか私が勝手になぞらえて置いていたのですが)。

「あらせ」には目標達成のために新しい技術が導入されています。ミッション部の大きな特徴の一つが、大量のデータをオンボードで効率よく扱うために新規開発・実装された「ミッションデータレコーダ(MDR)」です。大量に発生するデータをそのまま地上に下ろすことは通信レートの制限から不可能なため、S-WPIAに必要な観測データのみを選択的に取り出し、効率よく処理する必要があったためです。その実現には二つの技術開発が必要でした。一つ目は大容量の記録領域です。20~30ギガバイトの容量が観測からは必要でしたが、小型衛星バス部には2ギガバイト程度の記録領域しかなかったのです。そこでUSBメモリや音楽レコーダに使用されているフラッシュメモリを用い、放射線耐性のあるデバイスを使用することで、32ギガバイトの記録容量を持ちA5サイズで5cm程度の厚さにおさまるものができあがりました。さすがに、ポケットには入りませんが、従来品に比べれば記録容量は16倍でサイズは1/5以下ぐらいになっています。二つ目は時刻検索機能です。現象は発生している時刻(UTC)で観測者には認識されます。これまでの記録装置とは異なり、MDRでは地上から必要な観測データの時刻を指定すると、その時刻にデータが記録されていればそのデータを自動的に抽出し、なければデータ無しという返事(テレメトリ)を返してくれる機能を組み込みました。この機能により、必要なデータを素早く効率的に取得できるようになったのです。その他にも、担当者や担当メーカーの絶え間ない努力と不屈の精神が"ぴりりと辛い"「あらせ」を作りあげてきました。この後のリレートークで紹介していきますのでお楽しみに!

「あらせ」の成果を広く世界に示していくことが、開発に携わっていただいた多くの方へのお礼になると思っております。引き続き応援・支援をよろしくお願いします。

最後になりますが、「あらせ」の開発途中、私自身が成果を報告できないままお見送りすることとなってしまった先生方がいらっしゃいました。ERGプロジェクトの提案者であり、メンバーの心の支えでもある東北大学・小野高幸先生、名古屋大学時代に公私ともにお世話になった名古屋大学・山下廣順先生、そして研究の厳しさ・苦しさ・結果を掴んだときの喜びを教わった早稲田大学・道家忠義先生。師たちとの出会いがなければ、荒瀬を乗り切ることはできなかったと思います。師匠!成果と酒をぶら下げて墓前でゆっくりと語れる日までもう少しお待ちください。

ERG衛星の観測機器・装置の搭載場所

ERG衛星の観測機器・装置の搭載場所

(高島から中村揚介さんへ)
海外からいきなりERGプロジェクトへと合流することになってしまいましたが、科学衛星プロジェクトでの良い驚きや悪い驚きがきっとあったと思います。そのあたりを率直に教えてください。また、ERG開発を通じて今後のプロジェクトに伝えたいこともあればぜひ!

【 ISASニュース 2017年1月号(No.430) 掲載】