PLAINセンターニュース第209号
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小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」の地上系に関して

佐伯 孝尚、船瀬 龍
月・惑星探査プログラムグループ(JSPEC)


1. ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」

 ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」は2010年5月21日に,金星探査機「あかつき」とともに H-IIA ロケットにより打ち上げられました.図 1に,IKAROS のミッションシーケンスの概要を示します.IKAROS の主なミッションは大型膜面の展開実証,薄膜太陽電池による発電,光圧による加速の実証です.IKAROS は太陽指向のスロースピン状態でロケットから分離された後,所定の姿勢制御を行い,先端マス開放,スピンアップ,1次展開を経て,6 月 9 日に 2 次展開を実施し,膜面の完全展開と光圧による加速を確認しました.また,薄膜太陽電池による発電についても確認できました.


図1 IKAROS ミッションの概要

 IKAROS は通常のスピン衛星と異なり,オンボードのデータ処理のみでの姿勢決定は行っておらず,地上系でのデータ処理を含めた姿勢決定を行い,姿勢の運用を行っております.また,表面に金属(アルミニウム)が蒸着された大型のセイル膜面があるため,地球方向と膜面方向が重なる時期には通信の状態が悪くなることが予め分かっていました.そのような時期には通常の意味でのテレメトリ送信は行わず,電波の強弱によって確実に情報を伝える特別な通信モード(ビーコン運用)で IKAROS の状態を取得し,運用を行ってきました.本稿では,IKAROS 特有の地上系データ処理の例として,IKAROS の姿勢決定系と,ビーコン運用の仕組みについて紹介したいと思います.

2. IKAROSの姿勢決定系

 IKAROS のオンボードの姿勢センサとしては 1) 太陽センサと 2) レートジャイロ (3軸) があります.このうちレートジャイロについては,展開時や姿勢制御時の本体の揺れを検知するものであり,スピン軸が慣性空間においてどこを向いているかの決定(姿勢決定)には利用していません.そのため,オンボードの姿勢決定の為のセンサとしては太陽センサのみになります.通常のスピン衛星は,この太陽センサに加え,スタースキャナ等を搭載してオンボードで姿勢決定を行うのですが,IKAROS では一風変わった方法で姿勢決定を行っています.その方法とは,IKAROS の通信用の電波のドップラー周波数を解析して地球角を推定し,オンボードで得られた太陽角データと併せて姿勢決定をするという方法です.

 IKAROS 搭載の X 帯アンテナは,XLGA1,XLGA2,XMGA の 3 種類あり,全て図 2 に示すように,スピン軸からオフセットした位置に搭載されています.そのため,地球から見るとスピンによってアンテナが近づいたり遠ざかったりしているように見えて,通信の電波の周波数が変化します.アンテナと地球の相対速度変化をドップラー計測により取得し,その振幅からスピン軸が地球方向に対してどれだけ傾いているか(地球角)を知ることができます.図 3 にスピンモジュレーションのかかったドップラー信号を示します.ドップラーデータが IKAROS のスピンの周期に同期して振動していることが分かると思います.この振幅から地球角を推定することができます.また,スピンの周期についても同様に知ることが可能です.


図2 IKAROS 搭載アンテナ位置

図3 スピンモジュレーションのかかったドップラー信号

 次に,IKAROS の姿勢決定の為に実際にどのような地上系を構築したかについて紹介します.前述の通り,姿勢決定の為には,1) 太陽角データと 2) 地球角データを使用します.またこれ以外に 3) 軌道計画値が必要となります.

太陽角データ

 太陽角データは実証機のHKデータから得られます.送られてくるHKデータの中から太陽角データ及びスピンレートの情報を抜き出し,それに時刻付けを行ってファイルとして出力します.

地球角データ

 地球角データは,ドップラーデータを処理し,得ることができます.ドップラーデータについては相模原の軌道グループが提供するツールによって準リアルタイムに取得することが可能です.

軌道計画値

 軌道計画値については,IKAROS の軌道決定データからオフラインで生成し,サーバ内に置いておきます.

 これらの 3 つのデータが揃って初めて姿勢決定が可能となります.ここでは原理のみ紹介します.
太陽角と地球角のデータが揃うと,天球上の太陽方向位置および地球位置からそれぞれ太陽角分,地球角分の円を描きます.その円の交点が IKAROS のスピン軸の方向となります.円の交点は通常2点ありますが,時刻を正確に管理して得られる位相情報によって,2 点のうち 1 点を姿勢決定値として選択することが可能です.図 4 に実際の IKAROS 姿勢系 QL のスクリーンショットを示します.これを見れば天球上で IKAROS のスピン軸がどちらを向いているかが一目瞭然です.


図4 IKAROS 姿勢系 QL スクリーンショット

 前述の一連の姿勢決定の流れを示したものが図 5 になります.姿勢系のメンバで手分けして作成したツール群が連動して動作することにより IKAROS の姿勢決定を行うことができます.


図5 IKAROS の姿勢決定系の処理フォロー

3. ビーコン運用

3.1 ビーコン送信の仕組み

 大面積薄膜で太陽光を反射するソーラーセイルの表面には,金属(アルミ)が蒸着されています.IKAROS の軌道の関係で地球方向と膜面方向が重なる時期には,IKAROS から送受信される電波がセイル表面の金属層と干渉し,通信の状態が悪くなることが予め分かっていました.図 6 に,軌道の関係で電波が干渉する時期があることの説明を示します(図がかわいらしい「イカロス君」になっているのはご容赦下さい).


図6 セイル表面の金属層による電波の干渉
(地球角が 90度に近い状態では通信不安定になる)

 また,IKAROS は基本的には低利得アンテナで地球と通信することとしていますが,IKAROSが金星を通過してさらに遠くへ飛行していくにつれ,確保できるテレメトリレートも下がっていきます.そこで,そのような時期には通常の意味でのテレメトリ送信は行わず(行えず),電波の強弱によって,実効ビットレートは下がるものの確実に情報を伝える「ビーコン運用」という特別な通信モードを用意してありました.

 図7に,ビーコン送信のシーケンスを示します.ビーコン送信モードでは,送信したいデータ(8ビット)の各ビットの値(0 または 1)に応じて,送信電波のテレメトリ変調の ON と OFF を切り替えます.テレメトリ変調を ON にすると,搬送波の強度が下がり,テレメトリ変調を OFF にすると搬送波の強度が上がります.このことを利用して,地上局で受信される電波の搬送波強度の変化から,IKAROS の送信しているデータ(8 ビット)の値を復元することができます.


図7 ビーコン送信のシーケンス

 ビーコン送信モードでは,128 秒周期で1バイトのデータを送信しています.8秒ごとに,スタートビット,ビット7(最上位ビット),…,ビット0(最下位ビット)の順にテレメトリ変調の ON/OFF を制御します.次の 128 秒のタイミングが来るまでの残りの時間は,変調 OFF の状態を維持します.このような送信シーケンスは,IKAROS 側では次のような機能を使って実現しています.

 一定周期ごとに特定のコマンドを実行する機能(システムタイマ)を使って,128秒に1回,1バイトのビーコン送信シーケンス全体を実行するマクロコマンド(一連のコマンドをまとめて実行する機能)を呼び出す

 呼び出されたマクロコマンドでは,8 秒ごとに送信対象ビットの値を判定し,値が1であればテレメトリ変調を ON する.値が 0 の場合はテレメトリ変調を OFF する.(ビットの値に応じて動作を変える仕組みは,データ処理計算機の「汎用自動化自律化機能」を用いている)

3.2 ビーコン受信・地上データ処理の仕組み

 このようにして強弱付きで IKAROS から送信される電波の情報は,臼田局で処理され,相模原にある IKAROS 運用室へ伝送されます.伝送経路としては2つの方法を用意しています.1つは,臼田局の受信設備が常時モニタしている時々刻々の搬送波受信強度の履歴を, IKAROS 運用室内の解析端末から取得する方法です.もう1つは,IKAROS 専用に用意したスペクトラムアナライザ(通称スペアナ)を臼田局の受信設備に接続し,搬送波の受信強度と周波数を取得し(図8), IKAROS 運用室内の解析端末へ送信する方法です. 図 8 に,スペアナの画面のスクリーンショットを示します.受信強度と周波数情報を転送するのと平行して,WEB カメラ経由でも IKAROS 運用室で画面をモニタできるようにしています.


図8 スペアナ画面のスクリーンショット

 運用室内の解析端末では,取得した電波強度履歴から,128秒周期の送信データの開始(スタートビット)を識別し,8秒ごとにデータ中のビットの値を判定し,1バイトのデータを得ることができます.取得した電波強度履歴には,IKAROS の健康状態を把握するために必要な HK データが,時系列で並んでいます.ビーコン送信のタイミングは,時刻指定コマンド(タイムラインコマンド)によって「**時**分から**時**分まで,**というデータを送信せよ」という形で管理されて実行されるので,取得した電波強度履歴のどの部分が何のデータを送信した結果なのか判断することができます.図 9 に,取得した電波強度履歴と,そこから復元されたデータの例を示します.図から分かるように,電波強度履歴には相当のノイズ成分が含まれています.したがって,データの復元は,自動的に行えるようなツールを準備しつつ,最終的には人間の目で判断するようにしています.なかなか自動解析ツールだけでは常に正確な解読をすることは難しく,人間の脳の柔軟な情報処理能力には機械がかなわないのが実情です.


図9 スペアナで取得した電波強度履歴とビーコンデータ解読結果

4. おわりに

 本稿では,IKAROS 特有の地上データ処理系の例として,まず,機上のセンサーデータ(太陽角)と地上で観測されるドップラー周波数(地球角)を組み合わせてスピン軸方向を決定する姿勢決定システムについて紹介しました.次に,地球距離が遠くなった状態や,セイル膜面と電波の干渉によって通信環境が悪くなった状態のために用意している「ビーコン運用」システムについて紹介しました.

 これらのシステムは,火星探査機「のぞみ」や小惑星探査機「はやぶさ」で(トラブル発生時に図らずも)実現された機能を,IKAROS に向けて改良・改善したものです.今後も深宇宙探査機特有の機能として改良を重ねながら使われていくものと思われます.

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平成22年度宇宙科学情報解析シンポジウム報告


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