PLAINニュース第205号
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国際宇宙ステーション(ISS)での微小重力実験 −データと課題−

石川 毅彦(宇宙環境利用科学研究系)

1. はじめに

 国際宇宙ステーションに取り付けられた日本の実験棟「きぼう」では、2008 年 8 月から実験が開始され、既に2年が経過しました。「きぼう」は大きく船外パレットと船内実験室に分かれています。船外パレットでは宇宙空間に曝露した環境を利用して全天X線監視装置 (MAXI) 等の観測ミッションが行われ、船内実験室では微小重力環境を利用した物質科学やライフサイエンスの実験が行われています。本稿では、主に物質科学実験について紹介して、実験データとそのアーカイブ作成に関する課題について述べたいと思います。

2.「きぼう」船内実験室


図1.船内実験室の概要

 図1に「きぼう」船内実験室の概要を示します。船内実験室に据え付けられる装置は、図のようなラックと呼ばれる単位で取り付けられます。天井、床も含めて20強のラックスペースがありますが、実験用に使用できるのは 10 個で、日本が使えるのは半分の5個です。現在、ラック2(図の緑色)にライフサイエンス実験用、ラック3(図の青)に物質科学実験用の装置が取り付けられています。

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図2 若田宇宙飛行士により実験カートリッジが装置に取り付けられたところ(写真提供 NASA/JAXA)

 実験装置は多様な実験に対応できるよう、共通機能を持つ部分をラックに搭載し、実験毎にオーダーメイドした交換可能な部分(カートリッジ)に分かれています。図2は結晶成長を観察する実験装置に、実験用カートリッジを取り付けているところです。

3. 行われている実験の概要

 現在行われている物質科学実験の概要を2例ほど簡潔に説明します。

(1)液柱マランゴニ対流実験


図3 液柱マランゴニ対流実験の概要

 マランゴニ対流は、表面張力が温度によって異なることに起因して誘起される流れです。この流れは非常に小さいので地上ではより大きな熱対流によって隠れていますが、熱対流が抑制される微小重力では、その効果が顕在化します。図3のように2枚のディスク間に液体の柱を形成し、ディスク間に温度差を与えてやると円柱表面に生じる表面張力差により、流れが起きます。この流れの様子を図のように複数の観察装置により測定します。詳細は省略しますが、多くの画像(動画データ)が実験データとなります。また、液柱の高さや温度差を実験パラメータとして繰り返し実験が行われます。

(2)氷の樹枝状結晶観察実験


図4 氷の結晶成長観察実験の概要

 氷の結晶成長実験は、図4のとおり、容器中に入れた(重)水を融点より若干温度を下げた過冷却状態にしておき、そこにガラス細管から氷の結晶を成長させて、その成長速度や結晶の形態と過冷却度(どれだけ融点より余計に冷やしたか)との関係を調べる実験です。図4の右のように、過冷却度を変えると結晶の形態は大きく変化します。

 この実験では、直交する2方向から結晶の成長を3次元的に捉えます。結晶が十分成長した後は容器全体の温度を上昇させて、全て溶かすことで繰り返し実験が可能です。既に 130 回を越える実験を行なわれました。

4. データの伝送


図5 データ伝送の仕組み

 図5に国際宇宙ステーションからデータを得る経路を示します。「きぼう」で得られた実験データ等は、ISS 内の NASA の装置を通じて NASA のデータ中継衛星に送られ、そこからアメリカの地上局に送られます。そして、太平洋の海底ケーブルを通じて筑波宇宙センターまで送られてきます。最近、船外パレットにおいたJAXA独自の通信装置と日本のデータ中継衛星を用いて直接「きぼう」から筑波にデータを伝送する経路も確立されましたが、物質科学実験のデータは NASA のルートで伝送されています。

 図3,4で示したように、物質科学実験では多くの動画が、同時に複数台で撮影されます。動画はデータ量が膨大なため、専用の装置で圧縮/多重化(多チャンネルのデータを1本にまとめること)を行った後にNASAのシステムに送られます。また、熱電対による温度計測データなど、比較的小規模なデータも同様の経路で伝送されます。筑波宇宙センターではデータを受け取り、専用装置で圧縮データの解凍や多重化の解除を行って、実験者に提供されます。

 地上と ISS 間のデータ伝送がとぎれている(LOS:Loss of Singnal)期間の実験データは ISS 内のデータレコーダで記録しておき、しかるべきタイミングで地上に再生伝送されます。

5. データのアーカイブ ―現状と課題−

 上述の膨大な画像データは、既にマランゴニ対流実験、氷実験で数十テラバイトになっています。これらのデータは HD に蓄積されています。また、各テーマの代表研究者に配布され、現在解析作業が続行中です。

 「そして、その後広く多くの研究者にデータを利用してもらうため、以下の様なシステムを用いて・・・」と書きたいところですが、ここについては現在全く手が付けられていません。以下、言い訳がましくなりますが、これは ISS 以前の実験と ISS での実験の様相が大きく違うことによります。ISS 以前の実験機会の主なものは、スペースシャトルを用いた実験(7〜14日)と小型ロケットによる実験(6分)です。これらの実験機会の特徴を思い返すと

  • 繰り返し実験はほとんどなかった。
    小型ロケットの6分では時間的制約から、繰り返し実験はほぼ不可能でした。スペースシャトルでは、数多くの実験が犇めいているため、1実験当たりの繰り返し回数はやはり限られていて、2桁の繰り返し実験は記憶にありません。従って、得られたデータ量は非常に限られたものでした。
  • 画像データが少なかった
    これまでの実験は、半導体や合金の材料を電気炉で溶解し、微小重力下で凝固させるものが大半でした。こうした実験の場合、主な実験データは回収後の半導体や合金で、これを代表研究者が処理(切断・研磨した後の様々な分析)してしまうと、他の研究者に配布するようなものは残りませんでした。

 こうした状況は、ISS の登場により一変しました。画像が中心の実験が主体で、3桁の繰り返し実験が行われています。こうなると、得られた多くのデータをいろいろな角度から眺めることにより、実験テーマを提案した研究者が思いもしなかった解析や発見がなされる可能性が出てきます。遅ればせながら、データアーカイブシステムの作成及びデータ公開の検討及び準備作業を始めたところです。

 「ISS 実験の準備作業中に予想できたのでは」と言われると返す言葉がありません。財政の逼迫により一度に準備出来るテーマ数が少ないためシャトルのように「手間が目白押し」状態になっていないのも誤算(?)の一つですが、総じてシャトル時代の常識を払拭できませんでした。そんな中、C-SODA と言うデータアーカイブや公開にかけて豊富な経験と知識を持つ方々とコンタクト出来たのは幸いでした。今後の検討及び準備作業においていろいろアドバイスをお願いすると思います。よろしくお願いします。



(2.8MB/ 2 pages)

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