PLAINニュース第194号
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日本の月惑星探査と科学データアーカイブ 第4回

Planetary GIS と不規則形状小天体向け三次元 GIS の開発

平田 成
会津大学 コンピュータ理工学部/宇宙科学情報解析研究クラスター
JAXA 宇宙科学情報解析研究系

 本稿では地理情報システム(GIS)とその月惑星探査データの応用例を紹介するとともに、現在会津大学の宇宙情報科学研究クラスター(ARC-Space)で研究中の不規則形状小天体向け三次元 GIS について解説する。研究グループとしての ARC-Space の概要については、PLAIN NEWS 189号 に掲載された出村裕英氏による記事を参照されたい。

1. GIS とは

 地理情報システム(Geographic Information System: GIS)とは、計算機上に地図データや関連する情報をおき、これらを共通的な空間座標系(地理座標系)のもとで整理・統合された形で解析・可視化したりすることが可能な情報システムである。近年コンピュータの処理能力や表示能力の向上によって、GIS の利用や開発の敷居は非常に下がってきている。特に、インターネット環境下では Web ブラウザを介して各所に分散したデータを利用する WebGIS が広く用いられている。Google Earth (http://earth.google.com/) や Google Map (http://maps.google.co.jp) などの一般にも知名度のある地図ソフトウェアや Web サービスも、GIS の一種と見ることができる。また、GIS は地質学的な情報も問題なく取り扱うことができるため、地質分野での応用例も多い。さらに、当初は地面上の二次元的な情報のみが対象範囲であったが、地下(人工物や地下の地質構造など)や地上の立体情報(建築物や三次元地形など)をも守備範囲とするようになっているほか、時系列的な変化を記録・表現することも可能となっている。

2. Planetary GIS

 GIS の基本は、データを「共通的な空間座標系(地理座標系)のもとで整理・統合」するという点にある。したがって、「共通な座標系」が定義できるならば地球以外の天体でも GIS を構築できる。球体近似可能な天体であれば、地球と同じ経緯度による地理座標が定義できるので、観測データをこの座標系に載せるだけでよい(地球の場合は形状を球ではなく回転楕円体で定義する必要があるため、むしろより複雑である)。実際、米地質調査所 (USGS) の惑星地質研究部門では、月や火星をはじめとした惑星・衛星の探査データを WebGIS に載せて公開している(図1)。


図1 米地質調査所(USGS)の惑星地質研究部門で公開中の火星 WebGIS の例
http://astrogeology.usgs.gov/Projects/webgis/)。

 これらの月惑星 GIS のバックグラウンドで動く各種のソフトウェアやプロトコルのほとんどは地球向けの GIS で開発されたものである。オープンソース技術やオープンな規格も多く、過去の GIS 研究の資産が効果的に活かされているといってよいだろう。また、International Planetary Data Alliance (IPDA) の今年度の活動として、地球 GIS 知識・資産を月惑星データ向けに標準化することを目指すプロジェクトが立ち上がっている。これらの活動を通し、また新たな探査データを取り込んで、月惑星 GIS は今後もますます発展することが予想される。月探査機「かぐや」の月データや、金星探査機「あかつき」の金星データという日本の持つ月惑星探査データ資産はこの流れの中で大きな意味を持つであろう。

3. 不規則形状小天体向け三次元 GIS

 ここまで述べた GIS は、形状が球体ないしは回転楕円体で近似可能な天体を対象としていた。太陽系にはこのような単純な形状を持たない小天体(不規則形状小天体)が数多く存在する。小惑星探査機「はやぶさ」の探査対象となった小惑星イトカワはその代表的な例といえる。探査・観測技術の進歩によって、イトカワのような不規則形状を持つ小天体についても多彩な情報が得られるようになってきた。地球や月惑星の場合と同じく、観測データを GIS 的な概念で取り扱うことができれば新たな視点での研究が進み、小天体に対する理解が深まると期待できる。われわれ会津大学 ARC-Space では、この目標のもとで不規則形状小天体向けの GIS を開発している(図2)。



図2 開発中の不規則形状小天体向け三次元GISで表示した小惑星イトカワ。
三つの表示はそれぞれ斜度(左上)、可視光輝度(右上)、近赤外光反射率(左下)に対応する。
右下の小窓にマウスカーソル位置のポリゴンIDと、そのポリゴンにおける斜度、輝度、反射率が表示されている。
全ての表示は連動してマウス/キーボードでの操作が可能。

3.1 不規則形状小天体での共通座標定義の問題

 不規則形状を持つ小天体の GIS を構築する際の最大の問題は、いかにして「共通な座標系」を定義するか、というところにある。イトカワは大きくくびれ、かつ屈曲した形状を持っている。このような天体の場合、地球のような経緯度表現による地理座標系による共通座標系の定義には問題がある。イトカワの中心(重心)を原点とするベクトルを考えると、くびれの方向を向くベクトルは、一旦小惑星表面と交わって小惑星の外に出た後、再び小惑星表面に遭遇する。つまり、ある経緯度を持つ小惑星上の地点が複数存在する、という事態が生じることになる。言い換えれば、経緯度表現による地理座標系の定義では、地表の特定の位置を示す際の一意性が確保できないということになる。

3.2 ポリゴンモデルによる座標表現と三次元的可視化

 イトカワの現在最も詳細な形状モデルは三百万枚以上のポリゴンからなる。このほか、ポリゴンを間引きすることで作成されたより解像度の低いモデルも準備されている。「はやぶさ」の観測データの多くは、モデルのポリゴンと一対一対応させる形で整理されている。また、重力場モデルや斜度モデルなど、ポリゴンモデルから直接導くことのできる情報も存在する。

 従って、形状モデルのポリゴン一枚一枚に対して紐付けされた形で反射スペクトルや重力、斜度などの情報が存在するとみなすことができる。また、形状モデルでは、ポリゴンの頂点や中心の三次元座標も、小惑星固定座標系での XYZ 座標という形で与えられている。つまり、ポリゴンの ID をキーとして、全ての情報が統合されていると考えてよい。これは、経緯度という地理座標で全ての情報が統合されているという GIS 上での情報管理形態と同じであり、そのまま不規則形状小天体の GIS のコアとなし得るデータの構造である。よって、われわれのシステムでは、全て情報をポリゴンモデル上に載せるこのデータ構造を採用することとした。

 また、情報の可視化も GIS の重要な機能である。通常の GIS ではある地図投影法のもとで情報を可視化しているが、この手法は地理座標系に依存しているため、不規則形状小天体には適用できない。そこで、本システムではシンプルな解として、平面での地図表現を捨てて小天体の三次元形状をそのままコンピュータグラフィックスで表現する方法をとることとした。ポリゴンモデルはもともと CG における立体の三次元形状データ形式であるから、三次元 CG でこれを表現するのは自然な流れである。また、そのためのライブラリも数多く存在するので、これを利用することができる。ポリゴンに紐付けされた情報も、スカラー量であればポリゴンの描画色の形で簡単に可視化できる。通常の GIS における表示領域のズームイン/アウト、スクロールに相当する操作として、本システムでは表示のズームイン/アウト、ポリゴンモデルの回転を行うことができる。通常の GIS でのレイヤー切り替えに相当する表示情報の切り替えも可能である。

4. 今後の課題

 最後に、われわれグループにおける Planetary GIS の研究の今後の課題について、主に不規則形状小天体向け三次元 GIS を取り上げて論じてみたい。まず挙げられるのが、データが形状モデルそのものに完全に依存しているという問題である。既に説明した通り、この手法は不規則形状小天体のデータを取り扱う上で最も直截的なものである。しかし、それ故に同じ天体であっても形状モデルが異なると共通的な取り扱いが不可能となっている。イトカワにおいて複数存在する形状モデルは、元の高解像度モデルからの機械的派生した低解像度モデルであるので、モデル間の関連は比較的記述しやすい。このため、モデル間の関連情報を DB 化して、この上で地図情報を取り扱うように発展させれば、いちおうの問題解決とすることができる。

 より根本的なアイデアとしては天体表面という閉曲面上の座標を簡単に表現する記法を開発することが考えられる。たとえ経緯度表現が行えない不規則な形状であっても、また球面であっても天体表面は閉曲面であり、曲面上の位置を一意に記述することは可能である。このような記法が開発できれば、全ての天体のあらゆる地図表現を地球における回転楕円体と地図投影法の関係と同じに取り扱うことができるであろう。これは三次元 GIS の適用範囲を広げることにも繋がる重要な観点であると考えている。

 また、別の観点からの課題として、解析機能の充実が挙げられる。現在の不規則形状小天体向け三次元 GIS は、データビューアとしての側面が強く、新たな地物や地質ユニットの記載などのデータ編集の機能に乏しい。地球の GIS においても地図編集機能は重要な機能とされており、今後この方面での改良にも取り組んでいきたい。

謝辞

 本稿執筆の機会を与えていただき、原稿の完成を辛抱強く待っていただいた JAXA/ISAS/C-SODA の山本氏に深く感謝します。



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