PLAINニュース第192号
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れいめい衛星のデータベースと
解析ツールによるサブストーム開始のズームアップ研究

坂野井 健
東北大学惑星プラズマ・大気研究センター
平原 聖文
東京大学大学院理学系研究科

1. はじめに

 2005年 8月に打ち上がったれいめい (INDEX) 衛星は、これまで 4年以上にわたり順調に飛行し、打ち上げ前には誰も予想さえしていなかった高品位で膨大な観測データを取得しつつあります。残念ながら、2008年 8月にはオーロラ電子分析器 (ESA: Electron Energy Spectrum Analyzer) の機能を喪失してしまいましたが、オーロラ単色カメラ (MAC: Multi-Spectral Auroral Imaging Camera) やイオン分析器 (ISA: Ion Energy Spectrum Analyzer)、プラズマ電流プローブ (CRM: Plasma Current Monitor) は現在も健全な状態で稼働中です。これらの観測器により得られたディジタルデータは、ISAS の DARTS (http://darts.jaxa.jp/stp/reimei/data.html) で公開されており、どなたでもインターネットを介して取得することが出来ます。特に、オーロラカメラによる、微細で変化に富むオーロラの動画は、容量が大きくダウンロードに時間がかかりますが、それだけを眺めていても楽しめるものです。期待に応えられるオーロラが写っているかどうかは、ダウンロードして再生しないと分かりませんが。いくつかの見事な例は、「今月の DARTS」(DOM) でも以前にご紹介しました (http://darts.jaxa.jp/month/200711/200711.html)。ここではれいめい衛星の科学観測データがどのように公開され解析が行われているかを最近のサブストーム研究の例を用いてご紹介します。

2.観測手法とサブストーム研究

 実証的研究である太陽地球系物理学 (STP: Solar Terrestrial Physics) では衛星観測と地上観測とは相補的であり、解析的研究の両翼です。衛星観測では直接 (“その場”) 観測の実現が最重要項目の一つで、プラズマ粒子・波動、電磁場に関する詳細な物理量を、様々な領域を飛翔する探査機がその場、その場で計測します。一方、オーロラカメラや磁力計、電離圏レーダーに代表される地上観測は、一言で言えばリモートセンシング的な手法で地球磁気圏・電離圏の観測データを提供します。また、衛星によるその場観測よりは広範囲な 2〜3 次元的な空間分布を定点観測できるという特徴があります。これらを統合的に用いることによりサブストーム研究が近年飛躍的に進みつつあります。

 サブストーム (Substorm) とは、地球磁気圏・電離圏物理学の研究分野で最も興味が集まっている現象の一つです。特に、オンセットと呼ばれるサブストーム開始のごく初期 (数分以下) の間に、地上ではオーロラの劇的な増光や特徴的な地磁気変動が見られ、そして磁気圏では形状の大規模変化と磁気圏-電離圏を結ぶ 3 次元電流系が形成されることが知られています。しかしながら、視野の限られた地上観測器や、“点”におけるその場情報を提供する個々の人工の衛星観測データからだけでは、この大規模かつ早い時間変動を示すオンセットの因果関係を明らかにすることは容易ではなく、それらを如何にうまく組み合わせ、解釈し、現象の本質を引き出すかが研究の鍵となります。

3.2008年 1月 28日サブストームオンセット事例解析

 2008年 1月 28日 10:58 UT 付近に、れいめい衛星がアラスカ・カナダ上空を通過した際に、興味深いオーロラ発光と粒子の観測データを取得しました。この事例では、NASA の磁気圏探査衛星群“THEMIS”計画と、その衛星群計画に呼応すべく展開されている北米地上地磁気・全天カメラネットワークも重要なデータを提供しており、国際研究チームで現在集中的に解析が進められています。以下では、この THEMIS 計画に関連する衛星群・地上観測網データとれいめい衛星データを比較します。

 まず、このときのれいめい衛星の軌道を図 1 に、れいめいによるオーロラ画像の例を図 2 に示します。れいめい衛星の軌道と地上観測点との位置関係は名古屋大・海老原祐輔氏作の http://aurora.iar.nagoya-u.ac.jp/reimei/ で簡単に確認できます。また、CEF (Conjunction Event Finder、http://darts.jaxa.jp/stp/cef/cef.cgi) では、様々な衛星の観測データの QL を各衛星の関連サイトの機能を活用して一括作成するなどの便利な機能があり、詳しくは名古屋大・宮下幸長氏 (旧所属:C-SODA) が Plain News (No. 180) に寄稿されています。


図1.2008年1月28日1054-1059UT のれいめい衛星軌道 (黄色)、及び地上オーロラカメラ基地とカメラ視野(水色)。


図2.2008年1月28日のれいめい衛星オーロラカメラ (MAC) の画像の例。
(左) Arc1: 10:58:17.91UT の 428nm 画像。(右) Arc2: 10:58:28.34UT の 558nm 画像。

 この図で分かるとおり、れいめい衛星が地上観測基地の一つである Inuvik (INUV) 上空を通過した時に、まず10:58:18 UT付近で緯度幅 20 km で東西方向に延びた明るいオーロラ発光領域を観測しました (図2左)。その約 10秒後には、アークが多重に折り重なった“蛇”のようなオーロラを捉えました (図2右)。この前者と後者のオーロラをそれぞれ Arc1、Arc2 と呼ぶことにします。

 この前後の地上観測網データを調べたところ、まさにこの時 Inuvik 上空でサブストームのオンセットが発生したことがわかりました。地磁気データは割愛しますが、図3 に Inuvik におけるケオグラム (全天カメラ画像から磁気南北方向 180°のデータを切り出して時系列に並べたもの) を示します。なお、THEMIS 衛星・地上観測データに関してもデータ・解析ソフトの多くが Web 上で公開されています (http://themis.ssl.berkeley.edu/software.shtml)。


図3.Inuvik におけるオーロラケオグラム。(上) 10:39〜11:17 UT。(下) 10:57:10〜10:59:5 0UT。
(図をクリックすると大きい図が開きます。)

 これらのデータから、このサブストームは、その約 1 時間半前に起きた最初のサブストームに引き続く、2 番目のサブストームであることがわかりました。れいめい衛星が通過した 10:58UT 付近は、前のサブストームが収束し、オーロラが低緯度側に移動していく成長相 (growth phase) から、オーロラが輝き始め (initial brightening)、高緯度側に爆発的に拡大した (expansion onset) タイミングであることがわかりました。さらに図3 下に示すケオグラムの拡大図を詳しく調べると、れいめい衛星が観測した高緯度側の強発光オーロラアーク (Arc1) は、定在的に見られる低緯度側オーロラに加えて、その高緯度側に新たに 10:57:30UT に発生したオーロラが、時間とともに極側に移動しながら増光している様子を捉えたことがわかりました。一方、Arc2 は低緯度側に定在的に見られた成長相オーロラに対応することわかりました。さらに、れいめい衛星が通過した約 15-20 秒後に、Arc1、Arc2 ともに複雑な変動を開始し、オーロラ極側爆発へと発展していきました。

 次に、この時のオーロラオンセットの様子を THEMIS 地上全天カメラ網の画像から見ていきます。図4は、Fort Yukon, Inuvik, Forth Smith での全天カメラ合成画像で、2008年1月28日10:57-11:01UT を 1分間隔で示したものです。ここでは、図3 のケオグラムのオーロラの東西方向の広がりや変動を知ることができます。れいめい衛星通過に最も近い 10:58UT の画像から、Arc1 が Inuvik 上空の東西に限られた領域で新たに現れたことがわかります。また、Arc2 は定在的に低緯度側に存在していたことがこの合成画像からもわかりますが、れいめい衛星画像で見られたような“蛇”模様は捉えられていません。これは、全天カメラの視野の端では、オーロラが重なり合って撮像されてしまい、微細構造が打ち消されてしまうためです。れいめい衛星によって初めて捉えられた数 km スケールに折り畳まれた“蛇”オーロラは、オンセット時に磁気圏側になにか強い磁気ストレスが存在することを示唆するのかもしれません。さらに、10:59 UT 以降のオーロラ極側爆発が、Inuvik を中心に、東西に拡大していったことが詳細に捉えられています。


図4.THEMIS 地上全天カメラ網 (Fort Yukon, Inuvik, Forth Smith) で捉えられたサブストームオンセット。
れいめい衛星カメラ画像を、再接近の 10:58UT のデータにオーバーラップさせている。
赤線はれいめい衛星の軌道、複数の赤点は THEMIS 衛星(群)の位置を 地球磁場モデルを用いて電離圏高度に投影したもの。

 れいめい衛星の最大の特長は、画像と粒子の同時観測ですが、この事例では、オンセットオーロラを観測したとき、画像と約 3 秒間のずれで粒子観測がなされました。図5 に降下電子のE-t (Enery-time) 図を示します。れいめい衛星の粒子データに関しては、前述の http://aurora.iar.nagoya-u.ac.jp/reimei/ でサマリープロットが確認でき、http://aurora.iar.nagoya-u.ac.jp/reimei/custom.html ではカスタムプロットが作成できます。


図5.(左) 図4 の 10:58UT の拡大図。  (右) 同時の降下電子 E-t (Enery-time) 図 (エネルギー別フラックスの時系列図、縦軸:エネルギー、横軸:時刻、色調:フラックス)。

 この E-t 図から、Arc1 に対応してピークエネルギーが 12keV 以上の加速電子降下成分が、Arc2 には数 keV の複数の降下電子成分が対応することがわかりました。Arc2 では、電子データのみから判断すると、多くの孤立した加速電子降下成分のように見えますが、画像データからわかるように、実際は折り畳まれた“蛇”の断面に対応します。

 この事例では、幸運にも磁気圏尾部において、THEMIS 衛星群のうち TH-D と TH-E の 2衛星とれいめい衛星、そしてオンセットオーロラ現象がコンジャンクション (磁力線に沿って共役) の位置にありました。図6 に、前述の CEF により作成されたれいめい衛星と THEMIS 衛星群の位置図を示します。また、TH-D と TH-E のフットプリントは図4 の画像中にも赤色印で示してあります。CEF によると、TH-D と TH-E はオンセット領域のわすかに東側に位置していて、〜10;59UT から地球方向の強い突発的な高速プラズマ流が起きていたことがわかっています。現在この高速プラズマ流と極域方向へのオーロラ爆発との対応関係などが、国際研究チームにより詳細に検討されています。


図6.2008年 1月 28日事例時の THEMIS衛 星群・れいめい衛星の位置 (TH-D:図中 P3、TH-E:図中 P4、れいめい衛星:図中青線)。
(上) 地球磁場モデルを用いて投影された衛星の位置。(下) 地球磁気圏内での衛星の実空間位置。

4.まとめ

 今回、2008年 1月 28日に発生したサブストームオンセットの開始の数分間を、れいめい衛星の画像・粒子(準)同時観測データを中心として、Web 上のデータベース・解析ツールを活用し、時間的・空間的に“ズームアップ”した解析をご紹介しました。この結果、オンセット時のオーロラ爆発が、高緯度側の明るいオーロラアーク (Arc1)、低緯度側の蛇オーロラ (Arc2) など、数 km 以下の微細な構造を伴って発生することがわかりました。さらに、磁気尾部の THEMIS 衛星群との同時観測により、マクロな磁気圏変動と電離圏における微細なオーロラ・電離圏電流変動との対応関係が明らかにされつつあります。



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