PLAINニュース第187号
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宇宙情報システム講義第2部
これからの衛星データシステムはこうなる

(第12回 おわりに)

山田 隆弘
宇宙情報・エネルギー工学研究系

 第1部から合計 18 回続いてきたこの連載 も今回が最終回です。

 連載の第1部では、1998 年に打ち上げられた火星探査機「のぞみ」から現在までの衛星の試験と運用で使用されてきた衛星データ処理システムの基本的な考え方について説明しました。このシステムでは、それまでのシステムで装置毎にバラバラに開発されていたもののいくつかをシステム全体で統一しました。今の衛星運用でおなじみのデータ伝送用プロトコルである SDTP (衛星データ転送プロトコル、Space Data Transfer Protocol) や運用用データベースである SIB (衛星情報ベース、Spacecraft Information Base)は、このシステムと共に登場したのです。

 今ではとても考えられないことですが、このシステムよりも前のシステムでは、データ伝送用プロトコルはインタフェース毎に別々に開発されていたのです。そして、データベースも装置毎に別々に作られていたのです。SDTP の登場によって、どんな装置もすぐにつながるようになり、SIB の登場によってデータベースは一つだけ作ればよいようになりました。これによって、衛星データ処理システム構築の労力が大いに削減されました。

 連載の第2部では、現在開発中の新しい衛星データ処理システムの基本的な考え方を紹介しました。新しいシステムの開発の目的は三つあります。一つ目は前述の SIB を高機能化することです。二つ目は、現在のシステムでも同じ機能が別々に開発された部分があったのですが(例えばテレメトリの表示)、それを統一し、一つの機能は一つのソフトウェアとして開発し、それを必要に応じていろいろな装置で使えるようにすることです。三つ目は、現在のシステムでは衛星の総合試験(衛星組み立て後の試験)と打ち上げ後の運用で同じ装置を使用できるようになっているのですが、新しいシステムでは単体試験でも同じ装置を使えるようにすることです。

 この目的の二番目と三番目は、データ処理システムのみの改良ですが、一番目の目的である SIB の高機能化は、衛星の開発の効率化にも寄与するのです。最終回の今回は、SIB の高機能化と衛星開発の効率化との関係についてお話しします。

 SIB は、最終的には、衛星の設計結果の全てをデータとして格納することを目指しています。そして、現在のように衛星の試験や運用の時のみに使用するのではなく、衛星を設計し、設計の妥当性を確認するためにも使ってもらいたいと思っています。将来、設計支援システムができたら、そのシステムの出力が自動的に SIB に入るようにします。そして、SIB のデータを入力して衛星のシミュレートを行うシステムを作れば、設計の妥当性の確認を行うことができます。設計が完成すれば、SIB も完成しますから、今度は同じ SIB を使って衛星の試験と運用が行えます(図1参照)。SIB は、このように衛星のライフサイクルの全てにおいて統一データベースとして使われることが最終的な目的です。


図1 SIB の使われ方

 しかし、衛星の設計結果の全てを一つのデータベースに格納することは、簡単ではありません。そこで、この 連載第2部の第1回(174号)で説明したように、SIB の第2世代である SIB2 では、衛星の機能情報、特に衛星がコマンドとテレメトリを介してどのように振る舞うかについての情報を格納できるようにしました。私は、これだけでも衛星の開発の仕方を変える可能性があるのではないかと思っています。

 簡単な例で説明します。様々な衛星に様々な撮像装置が搭載されています。これらの撮像装置のそれぞれに固有な特徴があるのだと思いますが、これらの撮像装置の振る舞いには共通的な特徴があるはずです。この撮像装置の共通的な振る舞いを抽出して SIB に入力します。個々の撮像装置の振る舞いは、共通的な振る舞いにその装置の固有の振る舞いを足し合わせることによって定義するのです。実は、このような設計手法が実際にどのくらい役に立つのかは、まだよく分かっていません。しかし、もしこのようにできれば、標準的な振る舞いのライブラリを作っておき、個々の装置の振る舞いは、適当な振る舞いをライブラリから持ってきて、それに足りない部分を付け足すことによって設計できるようになりますので、設計が効率化できるはずです。

 さらに、SIB に格納されている振る舞い情報を適当に変換することによって、取扱説明書や運用手順書を自動生成することもできるはずです。また、これは松崎准教授が中心になってやっているのですが、SIBに格納されている振る舞い情報に基づいて、その振る舞いを実現するソフトウェアを自動生成するシステムを開発中です。

 このように、SIB を高機能化し、SIB の情報をうまく使うことによって、衛星開発の効率を上げることができるはずです。

 この連載は、これで終わりになりますが、我々は衛星データ処理システムだけでなく、衛星全体をどのように作るべきかということをこれからも考えていきます。すでにうまくいっている部分もあれば、どれだけうまくいくか分かっていない部分もあります。分かっていない部分は、より多くの知識や経験を集めて分かるようにしたいと思います。うまくいかないことが分かった部分は、より良いアイディアを出して、うまくいくように改良したいと思います。

 この連載でお話ししてきたことは、ほとんどすべて宇宙科学研究本部の職員がアイディアを出し合いながら考えてきたことです。しかし、これからは、このような仕事を様々な人達といっしょにやっていきたいと思っています。このような仕事に興味がある方は、ぜひ私に連絡して下さい。特に、自分で設計ができる方、あるいは、具体的な衛星の開発に関わっている方は大歓迎です。

 長い間のご愛読ありがとうございました。



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