PLAINニュース第208号
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SPRINT-A / EXCEED データアーカイブの現状

木村 智樹
宇宙科学情報解析研究系 プロジェクト研究員

 小型科学衛星シリーズは、専用の標準バスにミッション部を搭載した衛星を低コストで短期間に打ち上げ、宇宙科学コミュニティの多様な要望を迅速に実現することを目標としたプロジェクトです。小型科学衛星 1号機である SPRINT-A / EXCEED は、回転支配型惑星磁気圏のエネルギー輸送過程や弱磁場惑星の大気流出過程の解明を目標に掲げた、世界初の惑星観測専用宇宙望遠鏡です。以下に SPRINT-A / EXCEED の科学目標と、現在取り組んでいるデータアーカイブ設計の現状についてお知らせいたします。

1. SPRINT-A / EXCEED の科学目標

 惑星の磁気圏は「惑星の固有磁場強度」と「惑星の自転速度」の二つのパラメータで特徴付けられます。地球磁気圏を「中程度」の固有磁場と自転速度を持っているとすると、木星や土星は自転速度が速く、固有磁場が強大なため、太陽風の電磁気的影響をほとんど受けません。その代わり、惑星の衛星起源のプラズマ供給や、それに伴う自転エネルギー解放過程が、磁気圏活動を大きく左右していると考えられています。木星・土星磁気圏において、未解決の問題として最も注目されているのは「動径方向のエネルギー輸送過程」です。これは、何らかの原因により磁気圏外側でエネルギー解放が起こり、それが自転に伴って木星向きに伝搬し、プラズマトーラス(木星を取り囲む、衛星イオ起源のプラズマ環)や木星極域においてプラズマ加熱やオーロラ発光の爆発的変動をもたらすものです。この物理過程は未解決の大きな問題で、2 つのモデル(図1)が提案されていますが、どちらも検証が進んでいないのが現状です。


図1:2つの自転駆動磁気圏エネルギー輸送シナリオ

 

 一方、金星や火星は地球に比べて固有磁場が弱く、太陽風の持っている圧力が惑星磁場圏の磁場の圧力を上回り、太陽風が磁気圏の中へ侵入します。これにより、太陽風が惑星周囲の大気やプラズマを宇宙空間へ散逸してしまいます。これらの惑星では、太陽風が直接大気に吹き付ける過酷な条件下における、惑星大気・プラズマ散逸の時間発展が未解明の問題として残っています。これは地球の大気進化を考える上でも非常に重要な問題で、惑星が大気を保有するための条件の解明などに繋がっていくと考えられています。

 SPRINT-A / EXCEED ミッションは、地球大気の吸収を受けない宇宙望遠鏡を用いて極端紫外領域での分光観測を行い、プラズマ中のイオンや中性大気の輝線を検出します。これにより、惑星のプラズマ・大気のダイナミクスをモニターし、地球とは異なる環境におかれている惑星の問題解明に取り組もうとしています。具体的には、以下の目標を設定しています。

  1. 木星プラズマトーラスのスペクトル観測から背景電子温度を導出する
  2. 金星または火星の酸素イオンの流出率の上限値を求める
  3. 木星磁気圏へのエネルギー流入ルートを明らかにする
  4. 金星または火星の炭素イオンと窒素イオンの流出率の上限値を求める

2. 観測データの概要

 SPRINT-A / EXCEED の主力観測装置は極端紫外域分光器 (EUV) です。これは観測対象となる領域に分光スリットをあて、スリットから入射した光を回折格子で分光し、マイクロチャンネルプレート (MCP) と呼ばれる検出器上で波長・空間二次元の分光イメージとして検出するものです(図2参照)。検出器上では、スリット上の各空間位置における極端紫外領域(60nm-145nm)スペクトルが得られます。これらは、硫黄・酸素・水素などの輝線を複数含んでおり、それらの輝線からプラズマ中のイオン・電子温度などを診断することができます。


図2:SPRINT-A / EXCEED 搭載紫外分光器 (EUV) の観測イメージ (左) と、得られたスペクトルデータの模式図 (右)

 EUV の他に、補助的な観測装置として、視野ガイドカメラ (FOV) があります。これは、スリットへ入射する像を CCD で二次元画像として検出する装置です。FOV のデータにより、スリットに対する惑星本体(ディスク)の相対位置や、惑星ディスクの重心を計算することができます。このデータをもとに、観測時の衛星の指向精度向上や、データ解析時における惑星中心座標系への座標変換などを行います。

3. データプロダクト・フォーマット

 データアーカイブの設計にあっては、まず観測機器チームとの議論を行い、ミッションで得られるデータプロダクトの定義を行いました。メインの観測器となる EUV に関しては、データプロダクトに関して 3 つのレベル (Level 0-2) を定義しました(表1参照)。

表1:EUV のデータプロダクト

説明

L0データ

検出された光子の検出器上における位置を示す電圧値(4ch)、検出時間の時系列データ。

L1データ

検出された光子の波長(nm)、到来方向(arcsec)、検出時間の時系列データ。

L2データ

固定の積分時間で得られた、波長(nm)・空間 (arcsec) に対する発光強度(Reyreigh/nm)二次元分布。QL データ。

 光学系を通って EUV の検出器(MCP)で検出された光子の到来方向は、検出器上の二次元位置を反映した4チャンネルの電圧値として出力されます。観測時間内に到来した一連の光子に対応する電圧データは、検出時刻とともに時系列データとなり、テレメトリデータとして取得されます。L0 データはこの時系列データにあたります。L0 データを分光イメージ画像にする為のデータ処理として、まず検出器上の二次元位置電圧データを、光子波長・到来方向に対応した値に較正する処理を行います。これにより、電圧の時系列データが、光子の波長と到来方向の時系列データに変換されます。これが L1 データになります。最終的に、ある積分時間にわたり L1 の時系列データをビニングし、強度較正を行って、波長・空間の二次元空間における絶対発光強度の分布(分光イメージ)に変換します。これが L2 データです。L2 データの積分時間は、信号-ノイズ比が最低限有意である値に設定し、なるべく高時間分解能(1分程度)の分光イメージを提供する予定です。ユーザは L2 データを QL データとして扱い、必要に応じて足し合わせを行い信号-ノイズ比を調整し、目的の現象の閲覧・初期的解析を行うことができます。また現在、ユーザが積分時間や波長・空間領域を任意に設定し、L0, L1 の低次データから L2 データの様な高次データを生成するためのツール開発を検討しています。これにより、ユーザにとってより自由度の高いデータ解析を行うことが可能になると考えられます。

 EUV データの他に、検出器で得られた電圧パルス値の統計データ(パルスハイトデータ)や、FOV の二次元データをデータプロダクトとして定義しました。パルスハイトデータは、検出器特性の較正に使用します。これらの観測データの他に、観測機の視野情報や、衛星の軌道・姿勢を計算するためのツール(SPICE ツール)で使用される、SPICE カーネルと呼ばれるデータもアーカイブに登録する予定です。

 上記の EUV と FOV のデータに関しては、科学画像データフォーマットとして広く採用されている FITS フォーマットでデータファイルを生成する予定です(図3参照)。EUV に類似した探査機データとして、土星探査機カッシーニ搭載の UVISと いう紫外分光器のデータが、NASA の Planetary Data System(PDS)に登録されています。UVIS データの実体は、観測器チームが定義した独自のフォーマットであるため、ユーザは関連ドキュメントでフォーマットを確認し、データ読み出しのためのプログラムをわざわざ準備しなくてはなりません。この様な現状を受け、SPRINT-A / EXCEED では、汎用のFITSフォーマットでデータを記述することで、多くのユーザが簡単にデータ解析できることを目指しています。


図3:EUV の L0・L1 データフォーマットの概念図 (左) と、L2 データフォーマットの概念図 (右)

4. データ処理パイプライン

 観測機器チームとの議論を通して、テレメトリデータから高次の二次元スペクトルデータまでのデータプロセッシングの案を図式化しました(図 4 参照)。この処理過程では各データレベルに応じて、観測機器チームの用意した較正表などをもとに、波長・空間・発光強度の絶対値較正をし、光子の到来方向を観測器の座標系から衛星の座標系へ変換する処理などを行います。座標変換は、生成した SPICE カーネルを用いて行う予定です。


図4:データ処理パイプラインの案

5. 今後の予定・課題

 現在 SPRINT-A / EXCEED ミッションは、2013 年度上半期の打ち上げを目標に開発が進行しています。本データアーカイブでは、それに向けて設計・開発に取り組んでいます。今後の予定・課題としては、

  • 各プロダクトレベルにおけるヘッダ情報の詳細確定
  • データ処理スケジュール確定
  • 高次データ処理ツール検討・開発
  • PDS 登録検討
  • データベース実装

などが挙げられます。より多くのユーザに、迅速・簡便にサイエンスを行っていただける環境・サービスを提供できるよう、設計・開発に取り組んで行ければと考えております。


(1.3MB/ 2 pages)

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