PLAINニュース第202号
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小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」搭載
ガンマ線バースト偏光検出器(GAP)の遠隔運用

米徳 大輔、村上 敏夫
金沢大学 理工研究域

1. IKAROS 搭載 GAP について

 2010年5月21日に種子島宇宙センターから、金星探査機「あかつき」と共に小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」が打ち上げられました。IKAROS は 6月 9日までに差し渡し 20m の帆の展開に成功し、その後の運用で、太陽光圧によって探査機が加速していることを確認しています。IKAROS の最新成果については、イカロス専門チャンネルなどをご覧ください(http://www.jspec.jaxa.jp/ikaros_channel/)。さて、本稿は IKAROS に搭載されている理学観測機器「ガンマ線バースト偏光検出器 (GAP)」と、その運用について紹介したいと思います。

2.ガンマ線バースト偏光観測とGAPについて

 IKAROS の太陽と反対側の面には、金沢大・山形大・理研が開発したGAPという観測装置が搭載されています。宇宙最大の爆発現象であるガンマ線バースト(GRB)の「ガンマ線偏光」という物理量を測定するのが目的で、このようなコンセプトを持った観測装置が人工衛星や探査機に搭載されるのは世界初となります。宇宙最大の爆発が、どのようにエネルギーを解放しているのか、どのように大量のガンマ線を作り出しているのかの解明に挑戦します。

 GAP は IKAROS の打ち上げからちょうど 1ヶ月後の 6月 21日に電源を入れ、キャリブレーションを進めてきました。7月 7日には初の GRB を検出し、JAXA のプレスリリース(http://www.jaxa.jp/press/2010/07/20100714_ikaros_j.html)でも取り上げていただきました。これまでに、週に 1 発程度の頻度で GRB を検出していますので、今後は明るいバーストを待ちながら、世界初の確実な偏光検出を目指してデータ解析を進めていきます。

3.遠隔地での準リアルタイム QL

 IKAROS 運用は、ほぼ毎日行われています。GAP の立ち上げ作業や、その直後の運用は JAXA 相模原キャンパスの運用室 (SSOC) から参加していましたが、大学では講義や実験・演習などがあり、SSOCに出張し続けるのは不可能です。出張費もかかり現実的ではありません。そこでIKAROSチームと科学衛星運用・データ利用センター(C-SODA) に協力をいただき、ISAS-SINET3 専用接続(旧スーパー SINET 専用接続)を利用して、金沢大学でもクイックルック(QL)モニターしています。

 まず IKAROS から取得したテレメトリデータを、約 10 分毎に金沢大学からもアクセスできる領域に公開していただきます (図1)。10 分程度の時間遅延がありますが、約7時間の連続した衛星運用にとっては、ほぼリアルタイムと言えます。基本的には共通蓄積系から取得するデータフォーマットに準拠していますので、SSOC での運用に使う QL ソフトとほとんど同じものを使って、金沢大学でもモニターすることができています。同時に、衛星軌道や衛星時刻などの情報も公開していただいていますので、GAP の科学成果を議論するのに必要な情報は、ほとんどすべて遠隔からモニターできるようになっています。


図1.IKAROSテレメトリを取得する蓄積領域。10分遅れの準リアルタイムで、最新のテレメトリデータを取得することができるほか、IKAROSの起動情報や衛星時刻などの科学データを扱うのに必要な情報も公開していただいている。

 図 2 に GAP の QL 画面の一部を示します。GAP の健康診断情報やガンマ線カウントレートの情報などが表示されています。SSOC で得られるデータは、すべて大学側でモニターできます。GRB を検出した場合はフラグ情報を見ればわかりますし、SSOC で GAP のテレメトリを取得した場合は、10 分後には何のデータをどこまでダウンリンクしたかが分かるようになっています。


図2.GAPデータをモニターするQL画面。ISAS-SINET3専用回線を利用して、モニターしています。GAPの健康診
断情報の他、センサーが検知したガンマ線レートなども可視化していて、約10分後には状態を把握出来ています。

 遠隔地からの運用を安全に行うためには、SSOC と大学間での取り決めが重要です。日々の運用を可能な限り簡略化するのはもちろんの事、探査機を守りつつ科学データを失わないために、IKAROS 運用監督者をはじめ運用担当者との十分な意思疎通を取っています。一番重要なのは緊急事態への対応です。これまでのところ GAP の動作は極めて順調で、一度も緊急事態に陥ったことはありませんが、動作異常が見込まれたときは大学側の判断を待つ事無く、GAP-OFF することを了承しています。逆に、機器開発者でないとわからない異常が見受けられる際は、すぐに SSOC へ連絡できる体制を取っています。

 これまでの運用を通して感じている事で、非常に不便な一点があります。それは運用室の様子(特に音声)を把握できない点です。音声を遠隔地へ飛ばすのは、技術的には簡単なことです。しかし、衛星運用室での会話や運用の進行状況は社外秘なので、実現できていません。衛星運用室は第一級の科学成果が生まれる現場ですから、 IKAROS としての科学成果と運用状態の細部が外へ流れる事は避けるべきです。一方で、GAP の科学成果は全く独立ですから、GAP に向けてコマンドが打たれたのか?今は計画外のコマンドをお願いしても大丈夫なタイミングなのか?のような、運用について知りたい情報が即座に音声で聞こえないのは辛いところです。

4.将来の小型衛星シリーズ運用のモデルケース

 さて、これから宇宙研が実現する「小型衛星シリーズ」では、我々のような遠隔地にある大学が主要な役割を果たすと思われます。運用も複数の拠点でモニターすることが想定されます。ですから、今回の IKAROS-GAP の運用は、そのモデルケースとなり得るかもしれません。

 IKAROS は惑星間探査機ですから、テレメトリ量はそれほど多くはありません。打ち上げから間もない頃であっても 100 MByt e 程度でしたし、8 月初旬の時点では 10 MByte 未満となっています。運用時間も長いので、10 分程度の遅延は全く問題にはなりません。

 一方、近地球衛星を想定すると、データ量は1桁程度大きくなり、可視時間が 10 分程度と短くなります。この 10 分間で遠隔モニターを成立し、その結果を運用へ反映できれば、どんな非常事態にも備えられそうです。衛星が地球をもう1周してから、約 90 分後の運用には十分間に合いそうですね。

 先にも述べましたが、運用室での音声・映像・進行状況を遠隔でも把握できると良いでしょう。小型衛星シリーズなどでは、1つの科学成果に向けてチームが編成されていますから、その間での情報交換に制限は無いはずです。データや情報の漏えいが無いような環境の整備が重要となってくると思われます。今後、GAP の運用を続ける中で、何らかの問題が発生するかもしれません。その事例が、次に遠隔運用を実施することになるユーザーの参考になれば良いと考えています。

5.おわりに

 通常は、最新のテレメトリデータを、外部からアクセスできる場所に置く事はあり得ない話です。それを実現できているのは、IKAROS チームが若くてフレキシブルな考え方を持っている点と、C-SODA が非常にセキュリティーの高い ISAS-SINET3 専用接続を支えている点に尽きます(注:専用線はネットワーク上、ISAS 内部扱いになります)。末尾になりましたが、このような環境を整えてくださった IKAROS チームならびに C-SODA のみなさまに心から感謝いたします。



(2.1MB/ 4 pages)

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