PLAINニュース第200号
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かぐや (SELENE) ハイビジョンカメラ画像データベースの整備について

本田 理恵
高知大学自然科学系理学部門/JAXA 宇宙科学情報解析研究系 客員
山本 幸生
JAXA 宇宙科学情報解析研究系

1. はじめに

 2009 年 6 月 11日,月周回衛星「かぐや (SELENE)」が月面への制御落下により 21ヶ月のミッションを終えてから 1 年が経ちました。「かぐや」に搭載された 14 種類の科学機器による観測から,月全体の重力分布,地形,磁気異常,ステレオ視による 3次元デジタル地形モデル,地表のスペクトルからの表層物質推定,地下の成層構造,月を取り巻く環境についての新しい知見など,多岐にわたる目覚ましい成果が発表されています。

 さらに,定常運用 (2007 年 12 月 21日ー2008 年 10 月31日) 終了から 1 年後の 2009年 11月には,処理済み観測データ (L2 プロダクト) のインターネットによる一般提供 [1] が始まりました [2]。これによって,科学観測機器チームのみならず,国内外の研究者に対して「かぐや」データを利用した月研究の道が開かれました。

 一方,筆者の一人(本田)が Co-I として関わった「かぐや」のハイビジョンカメラ(HDTV)は,月周回軌道上から地球を撮影することを目的として搭載された 15 番目の機器です。広角,望遠の 2 つの光学系と共通データ処理部からなり,NHK によって開発・運用された異色の機器です。ハイビジョンカメラは,月への遷移軌道からみた地球,月から見た地球の出と地球の入 (図1),半影月食時の地球の“ダイアモンドリング“など,臨場感のある月と地球の映像を多数取得して広報,教育に寄与しました。ただ科学観測機器には属さないため,上記の L2 プロダクト公開サーバ [1] からは提供されていません。


図 1 望遠カメラで捉えた満地球の出 (2008年9月30日)

 本稿では,かぐやハイビジョンカメラによって得られたデータの全貌を紹介し,科学を含むより広い利用に向けたデータ整備の取り組みについて紹介します。

2. ハイビジョンカメラデータの全容

 図 2 にハイビジョンカメラによって撮影された月面の領域を示します。ここでは撮影中に通過した領域を矩形で記します。ハイビジョンカメラは一度の運用で 1分間の動画を毎秒 30 フレームで取得し(全 1800 フレーム),その撮影速度は 1倍速,2倍速,4倍速,8倍速から選択設定できます。この図から,ハイビジョンカメラ(主に広角)によって月面の広い領域を撮影することができたことがわかります。


図 2 HDTV による全撮影領域(中央が月の裏側)。黄は広角カメラ,マゼンタは望遠カメラ。地図は Clementine LDIM。

 図 3 に月毎に取得されたハイビジョン動画の本数を示します。ハイビジョンカメラの動画撮影は科学観測の妨げにならないよう,定常運用期間は月 2 回程度に限られていました。そして,定常運用が修了した 2008 年 11月以降,一日あたり最大 4-6 本の映像取得が許可されました。この結果,全ミッション期間中に取得した映像は 594 本となり,実に全体の 73 %の映像が修了直前の 2009 年 2月から 6月までの間に取得されました。他に校正等の目的のために得られた 309 種類の静止画とあわせ,取得されたフレームの総数は 106 万枚,1920×1080 画素の TIFF 画像換算で 6.3TB に及びます。これは,かぐやの全観測機器のデータ取得量の中でも上位に属するものです。


図 3 月ごとに取得された映像数

3.ハイビジョンデータの公開に向けて

 このように大量データの取得に成功したハイビジョンカメラですが,前述の通りその映像は科学データ公開サーバ [1] には登録されず(カタログリストのみ掲載),代わりに広報用のサーバ [3] から youtube 経由で映像が公開されています。これは,打ち上げ前は満地球の撮像だけがノミナル観測として計画され,一般への映像公開に関しては広報・教育などの用途しか具体的に考えられていなかったこと,運用の最終時期に予定外に大量の映像が取得されたこと,また映像に対して JAXA, NHK が著作権を有していることが影響しています。しかし,質,量ともに予想をはるかに上回る映像・画像が得られたことによって,ハイビジョンカメラデータには広報的価値のみならず,網羅的なデータアーカイブとしての価値が生じ,詳細解析の前に地形の概観を把握するといった科学的利用の可能性も広がったと考えられます。

 また,ハイビジョンカメラのオリジナルデータは,フレーム間圧縮を行っていないため,動画に変換された形でのインターネット配信やブルーレイ,DVD では,画質の劣化が避けられません。さらに現在の枠組みでは,広報価値の少ない静止画像や映像が公開されていないという問題もあります。

 このような状況を鑑みて,現在 NHK, JAXA の協議のもと,ハイビジョン映像の全フレーム画像をデータベース化し,撮像条件とともに提供するための検討を行っています。公開にあたっては,検索と表示を簡便に行うシステムと同時に,動画の各フレーム画像に効率的にたどり着くために,全フレーム画像から 1ラインを抽出したインデックス画像を作成し,この画像の特定の位置を指定することによって特定のフレーム画像を参照できるような支援ツールも合わせて提供したいと考えています。図 4 は高知大学で試作したシステムの画面例ですが,同様のシステムを DARTS を通じて公開する事を検討しています。


図4 ハイビジョンのフレーム画像検索画面(プロトタイプ)。左側のインデックス画像上のスライドバー
(マゼンタ)を動かすと,中央上の動画の表示フレーム,中央下地図の通過線(マゼンタ)が連動して変化する。

 データの形式については,一般にはクレジット,圧縮ありの画像をインターネット経由で簡便に提供し,解析のために原データを必要とする科学者には,リクエストに応じてクレジット,圧縮なしの原画像を提供する仕組みを考慮中です。さらに,機上で行われているガンマ補正などの影響を取り除くための校正情報も提供したいと考えています。ただし,もともと放送用機器として設計や地上での調整を行っているために適用範囲には限界があることには留意いただく必要があります。

4.おわりに

 これらの取り組みによって,貴重なハイビジョン映像のフレーム画像の恒久的な保存と,一般,科学者への提供を実現したいと考えています。他の機器に比べて遅れて「かぐや」への搭載が決まったハイビジョンカメラですが,特殊な状況のためデータ提供に関しても遅れを取っている状態です。現在,他の機器に追いつくべく努力しているところですのでご期待の上,今少しお待ちいただけましたら幸いです。

謝辞

 画像抽出作業と提供について,山崎順一氏をはじめとする NHK HDTV チームに感謝します。

文献等

[1] かぐや (SELENE) アーカイブ http://www.soac.selene.isas.jaxa.jp
[2] 星野宏和,惑星地質ニュース 第 21 巻 4, 2009.
 http://kumano.u-aizu.ac.jp/PlaGeoNews/Site01/PDFs/PlaGeoNews21_4.pdf
[3] かぐや 3D ムーンナビ http://wms.selene.jaxa.jp/3dmoon



(3.5MB/ 2 pages)

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