PLAINニュース第198号
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HAYABUSA フルドーム映像における科学データの活用

上坂 浩光
有限会社 ライブ/ 「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」 監督

1. はじめに

全天周フルドーム映像作品「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」は、JAXA のはやぶさミッションのドキュメンタリーとして制作されました。この記事では、観測で得られた小惑星イトカワのデータから、いかにして映像作品で使用するモデルを作っていったかを紹介したいと思います。

今回制作に使用した CG ソフトウェアー”3DStudioMax”は、制作タイミングの関係で、32bit バージョンを使わざるを得ませんでした。その結果、さまざまなデータ量の制約が課せられました。イトカワのモデルは「はやぶさ」サイエンスチームがデータを解析して求めたものを使用しましたが、このモデルのポリゴン数は、295 万ポリゴン。これは通常の CG 制作では無謀とも言えるデータ量です*

科学的に得られたデータは、えてして膨大なデータ量になる場合が多く、これを映像制作のパイプラインにのせるためには、常にマシンリソースとのバランスを考えることが必要となってきます。しかし、そのモデルの詳細さを失っては何にもなりません。データ量を減らしつつ、特徴となる形状を逃さないこと。我々は、いつもこの狭間で、闘っています。

*注: このデータは http://darts.jaxa.jp/planet/project/hayabusa/shape.pl で公開しているもののうち,もっとも高解像度のものです。

2. データの簡略化とリアリティの付加

まず、プログラムによって特徴的な形状を壊さないようにポリゴン数を減らしていきます。最近のリダクションアルゴリズムは良く練られており、データパターンの局所性を生かすように処理してくれますが、全てをうまく処理してくれるわけではありません。それを手動で補いつつ、目的のデータ量に近づけていきます。

元になるイトカワの 3D モデルは、はやぶさが撮影した画像を、画像解析して得られたものです。ですので、視覚の影となる部分の形状はあまり正確ではありません。イトカワの全体像を遠くから表現するのであれば問題ないレベルですが、今回の作品のように表面にタッチダウンするようなシナリオを実現する為には、手を加える必要がありました。その為にまず行ったのは、ある程度大きな岩と思われる隆起をカットし、そこに独立した岩を置いていったことです。そうすることによって、イトカワ上にある岩の接地面が、より自然な形で表現出来ます。


図1 ポリゴンリダクションと岩の付加

岩の形状は、基本的にカットした隆起の形状を元に作っていきましたが、大きな岩に関しては、はやぶさが撮影した画像を参考にしながら作業を進めていきました。

そしてその結果、由野台の形状が、実画像とデータでは異なっていることを発見!


図2 イトカワ実画像

上の画像は実画像ですが、岩の根本の部分がくびれているのがわかると思います。一方、3Dデータの方は(図3左側)根本がくびれていません。そのような形状になるようにモデリングを修正しました。


図3 由野台の形状変更

このような作業を地道に繰り返すことによって、実画像を見慣れた方でも違和感のない、リアルなモデルデータを得ることができたと思います。

3. テクスチャー画像を作る

3D モデル表面に貼り付けられるような、全周マップデータをはやぶさが撮影していれば良かったのですが、残念ながらそういう画像は存在しません。よって、実画像になるべく近くなるようなテクスチャーを作って行くしかありませんでした。その為にまず行ったことは、地球上で似通った場所を探すこと。山のガレ場、河原、砂利が敷き詰められた工事現場など、さまざまな場所で同じようなパターンがあるところを探しました。

イトカワには、海と呼ばれる”スムース地域”と、岩がごつごつしている”ラフ地域”の2つのパターンが存在しますが、”スムース地域”の検索作業では面白いエピソードがありました。たまたま探し当てたテクスチャー画像が、実は、オーストラリアのウーメラ砂漠のものだったのです。はやぶさは、”スムース地域”に着陸しますが、偶然とは言え「帰還地である土地の地面が、はやぶさが着陸する場所と同じような雰囲気だった」というのがとても面白く感じました。

こうして得られた画像は、当然のことながらそのままでは使えません。まず、イトカワの色調に合うように白黒画像化し、繰り返しパターンとして使えるように整えていきます。また、はやぶさの撮影した実画像のニュアンスにあわせて、ところどころに小石を置くなどのレタッチを施し、雰囲気を近づけました。レタッチには一部はやぶさが撮影した実画像も使っています。


図4 ラフ&スムーズ地域のテクスチャーブレンド

最後はこの 2 つのテクスチャーを、”スムース地域”と”ラフ地域”を分ける白黒のマスクを作り、ブレンドしていきます。マスクは 2 値ではなく階調を持ちますので、2 つの地域を違和感なく変化させることが出来ます。
また、イトカワには宇宙風化が進み白っぽくなっている部分がありますが、この要素も実画像を参考にしながら別テクスチャー画像を作成し重ねました。ここまでの作業で、そこそこリアルな”CG イトカワ”が、姿を現します(図4、右下の画像)。

4. ディスプレースメントマッピング

テクスチャーは、あくまでもポリゴンに色を付け加えただけであり、ジオメトリーとしての精度は、ポリゴンリダクションした状態に留まっています。このままでは満足出来る映像は得られません。これは詳細なオリジナルモデル (295万ポリゴン) を使ったとしても同様で、なんらかの方法を用いて詳細なデコボコ感を表現する必要がありました。そこで使用したのが、”ディスプレースメントマッピング”という手法です。

これはテクスチャーを高低差情報として使い、レンダリングの際にポリゴンを細分割してやる方法です。実際にジオメトリー情報としてポリゴンが凹凸になるので、視点が近づいてもリアルなイトカワ表面を表現することが出来ます。また、ディスプレースメントマッピング用のテクスチャーには、拡散反射用のマップをほぼそのままの形で使うことが出来るので、とても低コストな方法でした。


図5 ディスプレースマッピング
左:ディスプレースマッピング無し /右:ディスプレーマッピング有り

    • この手法は CG 技術としては一般的ですが、実際にはレンダラーによってその表示品質に大きな差が出ます。
      今回はこの機能に定評のある VRay というレンダラーを使用しました。
      ポリゴンを拡張するので、ディスプレースされた岩の影もきちんと落ちているのがわかると思います。

5. カット毎のデータの作り込み

ポリゴンリダクションを行い、ディスプレースメントマッピングを使うことによって、最小限のデータ量でリアルさを表現しようとしているのですが、それでもイトカワの全面を、充分な精度で現すことは出来ません。特に、はやぶさがイトカワにタッチダウンしているようなカットでは、その要求精度はかなり高いものになります。

通常、モデルデータというのは一つだけ用意し、それを各カットで使っていきますが、今回は、カット毎にカスタマイズされた専用モデルを用意しました。こうすることによって、見えない部分のポリゴンを削除し、その浮いた分のメモリーで、より高い表現精度を実現することが出来ます。このような地道な作り込みによって、カット毎のリアリティを、メモリーの限界まで持って行けました。


図6 カット毎のモデルの作り込み

ワイヤーフレーム表示の部分にはデータがありません。右下の小窓がカメラに見えている映像であり、 映像的
には問題がないことがわかります。ちなみに赤く見えているのが、別オブジェクトとして置いた岩になります。

今後、コンピューターリソースは日に日に増大していく事と思いますが、こういう問題は、常にいたちごっこであり、どこまでシステムが拡張しても解決することはないでしょう。なぜなら私達クリエーターは、限られたリソースの中で、常に最大限の表現を試みようとするからです。8ビットコンピューターの時代から、常にそういうせめぎ合いの繰り返しだったように思います。

6. おわりに

 映像作品を作る時、さまざまな試行錯誤の果てに、真実を発見することがあります。論理的な真理や、美しさの真理など、その本質を掴めるととても嬉しいものです。一方、科学データの可視化も(いや、科学そのものが)、やはり自然に隠された真実の姿を追い求めています。
感性を武器にクリエイティブを突き詰め、真理に到達することと、科学データを解析し、そこから真実を導き出すその行為は、実は非常に似通ったところに、その本質を置いているのではないかと考えてしまいます。

「美しいものは科学的でもあり、アートでもある。」というのは、あながちピント外れな概念ではないのかもしれません。...いつもそんなことを思いながら、物作りを続けています。



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(3.8MB/ 4 pages)

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