PLAINニュース第 196号
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THEMIS 衛星データ解析ツール(TDAS)の紹介とデータ解析環境の今後

高田 拓
JAXA 宇宙プラズマ研究系
堀 智昭、西村 幸敏
名古屋大学 太陽地球環境研究所

1.はじめに

 太陽地球系物理学の分野では、衛星観測と地上観測による相補的な観測を行い、更に数値計算やモデリングによる比較を行うことで地球近傍のプラズマ現象の解明に取り組んでいます。特に近年の衛星観測は、複数衛星から成るミッションや、国際協力を目的とした複数のミッションによる提携を行うものが増えています。NASA が2007年 2月に打ち上げた THEMIS 衛星は、5機の衛星から成り、地上の全天カメラと磁場観測網とも連携して、磁気圏でのプラズマ爆発現象であるサブストームの開始機構の解明を担ったミッションです。

 地球近傍プラズマの物理現象は多圏結合系であり、様々な領域のプラズマ環境モニターが欠かせません。そのため、データ公開やデータ解析のやり方に対して、「様々なデータセットをいかに手軽に扱えるか」が重要視されるようになってきました。THEMISミッションがサポートする解析ツール TDAS(THEMIS Data Analysis Software Suite)は、データ分析用プログラミング言語 IDL(Interactive Data Language)で書かれており、時系列データ表示を得意とするサブルーチン群に準拠した統合ツールです。ネットワークを介して、自己記述型データ形式の1つである CDF(Common Data Format)(1)形式のデータを読み込み、プロット・解析が可能です。ASCII データなどの他のデータ形式であっても、簡易な読み込みルーチンを書くことで、取り扱うことができます。このように、既存ミッションのデータとの親和性も良い強力なツールとなっています。また、既存のミッションに関連して作成された解析ルーチンが充実しており、プロットに関する情報が格納されているので、初心者でも取り扱いがしやすく、新規開発要素を軽減できます。

 本稿では、THEMIS ミッションの TDAS ツールを紹介し、将来的な太陽地球系物理分野のデータ公開・データ解析ツールのあり方を考えるきっかけを提供できればと思います。


図1.(上) 磁気圏子午面上での THEMIS 衛星5機の軌道図。磁力線が白い線として模式的に描かれています。
(下)アラスカ・カナダにおける THEMIS オーロラ全天カメラの位置と視野。

2.THEMIS ミッションの概要

 地上の極域地方で緑色や赤色などの色鮮やかな大気発光現象として知られるオーロラは、実は“磁気圏”と呼ばれる地球の固有磁場が支配的な領域で起こる大規模なプラズマ爆発現象の一端です。太陽から噴き出すプラズマの流れは、地球磁場の勢力圏と相互作用し、一旦磁気圏にエネルギーが蓄積された後、夜側の磁気圏でエネルギーの一部が解放されます。このエネルギー解放過程は、サブストームと呼ばれていますが、その発生機構(2)は長年の衛星観測にも関わらず、未知の状態でした。THEMIS ミッションは、5機の衛星を直線状に配置し、このサブストーム中に発生する物理現象の時間相関性や時間発展を明らかにすることを目的とし、2007年 2月に打ち上げられました。図1上は、THEMIS 衛星の磁気圏子午面での軌道ですが、左側が太陽方向で、夜側(右側)方向に遠地点の異なる4パターンの軌道であることが分かります。

 THEMIS ミッションの1つの特徴は、地上観測網との共同観測にあります。アラスカ・カナダを中心とする領域に約20ヶ所の全天カメラ(図1下参照、北米大陸の地図上にカメラの視野が描かれています)と、22ヶ所(3)の磁場観測器で、衛星観測との同時観測を狙っています。プラズマは磁場に沿った方向へ動きやすいため、地球の固有磁場の磁力線に沿った方向で共通性が高い特徴があります。サブストームの発生場所である磁気圏プラズマシート(磁気圏赤道面上の熱いプラズマの存在する領域)は磁気緯度で65-70度程度の領域と同じ磁力線上にあり、北米では、アラスカ・カナダに対応します。そのため、THEMIS ミッションのデータ解析では、衛星データだけでなく、地上観測データも同時に扱える必要があります。

3.TDASの特徴

 TDASツールの核となっているのは、時系列プロットをシンプルに表示できる TPLOT(Berkeley tplot graphics package)と呼ばれる IDL の描画サブルーチン群パッケージです。このルーチンは、Wind・FAST・Cluster 衛星などの NASA 関連の衛星ミッションでも利用されてきました。詳細は省きますが、実データ配列と共に可視化属性(プロットするために必要な情報)をデータ構造体の情報として記憶するため、プロット時にユーザーは何も考えずに「それなりのプロット」を作成できます。もちろん、オプションコマンドで細かな図の属性を変更することも容易です。ある1つの時系列データを1つの文字列として扱うため、全く異なる観測データを組み合わせるようなプログラムを容易に書くことができ、それら時系列データ同士の演算なども可能となっています。

 THEMIS データは web 上に完全公開されており、TDAS ツールはネットワーク越しにデータにアクセスし、最新のデータであれば個別のコンピュータ上に自動的にダウンロードします。図2に TDAS ツールでのデータロードの概念図を記してあります。ユーザー側は、データのソース元を意識せずに、自分の欲しいデータを手に入れることができます。TDAS のデフォルト設定でも、太陽風観測データや静止軌道上の磁場データなどに自動アクセスすることができるため、非常に便利です。


図2.TDAS ツールでのデータロードの概念図。データサーバは THEMIS ミッションと関連のないものも含んでいます。

 過去の NASA の衛星ミッションで使われていたこともあり、解析ルーチンは充実しています。また、プログラミング言語 IDL はこの分野の多くの研究者に使われているため、各自の解析ツールを組み込むことも比較的容易です。衛星観測データは一般に、生データであるレベル0データ、キャリブレーション前のレベル1データ、そしてサイエンスデータであるレベル2というカテゴリーに分けて管理されています。通常、学術論文では利用されるのはレベル2データですが、観測器の特性などを考慮する必要がある場合は、レベル1以下のデータを処理することもあります。THEMIS ミッションにおいて画期的な事は、全てのレベルのデータ公開に加えて、各レベルへの変換ツール(つまり、各観測器のキャリブレーション関係のルーチン)なども TDAS ツールに梱包されている点です。PI(Principal Investigator)グループのメンバーからエンドユーザーまで、データに関わる全ての人間が、同じプログラムを利用しているため、ツールの汎用性が格段に高くなっています。

 データ解析ツールの概念設計の段階で問題になるのは、エンドユーザーのプログラミングレベルをどこに置くかです。初心者にも優しい GUI(Graphical User Interface)は、近年のコンピュータの高機能化に伴って、比較的小規模なコミュニティ向けであっても、よく利用されるようになりました。ただし、デメリットとしては、開発に時間と熟練度を要する点と、全ての細かい機能を取り入れると煩雑になったり、統計的な処理を行うのが不便であったりする点があります。また、ユーザーが好みの機能を追加(プラグイン)するためには、それなりの知識を必要とするなど、全ユーザーの遺産を効果的に利用するには至らない例が多いです。一方の CUI(Command User Interface)は、玄人好みであり、ツールの扱いに慣れた者にとっては扱いやすい半面、初心者には敷居が高いという問題があります。また、インタラクティヴな言語では、スクリプト化することにより、ユーザー同士がプログラムの共有をしやすくなります。TDASでは、GUI と CUI を両方とも用意した上で、相互使用を可能としています。このため、上級者であっても、簡単なプロット作成には GUI を利用したり、上級者が組んだ解析スクリプトを初心者が GUI と併用したりすることもできます。先に述べた、データキャリブレーションに関わる者とデータ解析に関わる者が、同じTDASツールを使用しているのも、GUI と CUI が両立していることで可能となっています。

 TDAS ツールによって作成されたプロット例を紹介します(4)。図3は、上から順に、太陽風磁場(Wind 衛星)、地上磁場インデックス(THEMIS ミッションの地上磁場データの南北成分の重ね合わせから導出)、地上のオーロラ全天カメラによるオーロラ、3機の THEMIS 衛星で観測した地球向きプラズマ流の速度を表示したものです。静穏な太陽風の下ですが、地球向きの流れが伝播し、それに対応したオーロラ発光、地磁気の変化が見られます。このように、TDAS ツールにより、いくつかの異なる観測データを手軽に組み合わせて解析できます。プロットの段階では、各々のデータ形式を意識する必要はなく、初心者でも解析の幅を容易に広げることができます。


図3.TDAS ツールによる多点観測データのプロット例。

4.データ解析環境の今後

 地球周辺環境のデータ解析は、1つのミッションだけでなく、同時観測している全てのデータを取り扱うことが必要です。これまでは、ミッションや観測器ごとに、データ形式からデータ公開の在り方までを独立に決定していました。しかし、今後は、共通の枠組みの中で、データ規定を取りまとめると共に、同じデータ解析ツールで多くのミッションデータを取り扱えるようになることが望まれます。

 THEMIS データ解析において、TDAS ツールが成功したいくつかの特徴を挙げてみます。(1)自己記述型のデータを扱い、ネットワークアクセスを基本にしていること、(2)データ配列と可視化属性を組み合わせて1つの変数として扱うことで、異なるミッションや観測器のデータを一元化していること、(3)上流(キャリブレーション)から下流(データ解析)に至る全てのツールが同じプログラミング言語で提供されていること、などが挙げられます。PI グループのマンパワー不足で、キャリブレーションツールの作成が滞ることは従来よく起こっていました。データ解析からキャリブレーションまでが同じ解析ツールで取り扱えることで、PI グループ以外からの協力なども得られやすくなっています。TDAS ツールが、最終形であるかどうかは分かりませんが、上述した特徴を持つツールであれば、多くの研究者に好まれ、効率のよいデータ解析が可能となると考えられます。

 一方で、TDAS ツールが抱える問題点についても言及しておきます。1つは、ツールが使用しているプログラミング言語IDLは高額なソフトウェアであり、一般的には認知度が低い点です。開発やサポートが今後も継続される保証はありません。更に、大規模なデータ処理を行う場合、C 言語や FORTRAN に比べて極端に計算時間がかかる場合があります(5)。統合ツール開発においては、サブルーチンの名前空間の扱いが弱いため、サブルーチンの衝突を起こし易いという問題もあります。また、衛星データ公開のポリシーにも関わることですが、現行では、データの版管理やアクセス権の制限などがなされていません。衛星データでは、キャリブレーションの方法などによって、様々な二次データが生成されることもあり、データ・ツール共に版管理をサポートする必要があります。また、日本のミッションなどでは、データにアクセス制限をつけることが多く、JAXA の衛星計画として統合解析ツールを利用する場合には、データや解析ツールのアクセス制限の機能追加が必要となります。今後多くのミッションで TDAS ツールが使用されるためには、これらの機能追加が必須となるでしょう。

 JAXA の宇宙プラズマ研究グループが進める将来ミッションとして、ERG(Energization and Radiation in Geospace)、SCOPE(Scale COupling in the Plasma universE)の2つが計画されています。ERG は、他国の衛星と協力して同時観測を行いますし、モデリングやシミュレーションなどの仮想データとの比較解析も想定されています。一方のSCOPEは、数多くの衛星群で、様々なスケールの物理現象を狙っています。TDAS ツールの教訓が、日本の将来ミッションのデータポリシーや解析ツールなどに生かされ、より良いものが出来上がることを期待します。

5.終わりに

 THEMIS ミッションのデータは、データ取得後、かなり早い段階で UCB(University of California Berkeley)のサイトで公開されます(6)。日本でも多くの THEMIS データ解析者がいることや、米国−日本間のネットワークの遅さもあり、ISAS の DARTS(7)でミラーサイトを用意して頂いています(ヨーロッパでも同様のミラーサイトがあります)。

参考情報

  1. 宇宙プラズマ分野で使用される CDF などの自己記述型データに関しては、現 NICT・村田健史氏による が詳しい。Plain News(No. 158)
  2. サブストーム開始機構に関しては、名古屋大学・宮下幸長氏による が詳しい。Plain News(No. 186)
  3. Russell et al., Space Sci. Rev., 141, 389-412, 2008.
  4. れいめい衛星と THEMIS データの同時観測の解析例が、東北大学・坂野井健氏と東京大学・平原聖文氏による Plain News(No.192)に掲載されています。
  5. IDL では、大量データに対するベクトル処理は高速ですので、技術的に改善は可能ですが、初心者向きではありません。
  6. THEMIS Official HP   http://themis.ssl.berkeley.edu/
  7. ISAS/DARTS の THEMIS HP   http://darts.jaxa.jp/stp/themis/


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