PLAINニュース第189号
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日本の月惑星探査と科学データアーカイブ 第2回

理・情報工学連携拠点:会津大学 ARC-Space の紹介

出村 裕英
会津大学 宇宙情報科学研究クラスターリーダー

 会津大学は、大学設置基準緩和前の 1993 年に、日本で最初にコンピュータ理工学に特化して開学した大学です。2006 年に福島県立大学から公立大学法人に衣替えし、最初に立てられた中期目標・計画において、萌芽的研究『次の世代へ科学の重要性を伝えていく研究の一つとして宇宙フロンティア・プロジェクトへの参画』という文言を掲げました。以来、深宇宙探査ミッションにおいて理学・工学にまたがる積極的な役割を果たす教員を迎えつつ、この 2009 年4月より新しい研究組織、先端情報科学研究センター (CAIST: Research Center for Advanced Information Science and Technology) を設置し(*1)、そのアドバイザリーボードに上杉邦憲 JAXA 名誉教授、国立天文台渡部潤一先生らを学外からお迎えしております。そのセンターに置かれる研究クラスターの第1号として、宇宙情報科学研究クラスター (ARC-Space: Aizu Research Cluster for Space Science) が認められました(図1)。会津大学所属の教員3名が兼任、「はやぶさ」・「かぐや」ミッションで活躍された PD から3名が4月1日付けの新規採用で専任教員として加わり、合計6名のプロジェクトグループとして発足しました。クラスターリーダーが私、他の兼任教員には今年4月より JAXA/ISAS 宇宙科学情報解析研究系客員准教授となった平田成、宇宙教育関係などでも著名な寺薗淳也、そして専任の小川佳子・本田親寿・北里宏平という構成です。更に、学内のコンピュータビジョン・画像処理工学・データベース・制御技術・センサ技術といった工学関係者7-8名の連携協力を頂いています。所属名称が非常に長いので、普段は CAIST/ARC-Space の略称で通っています。


図1 プロジェクト志向の CAIST(青枠)と個々の研究クラスターに、
既存大学組織の専門領域から技術ないしマンパワーを提供するイメージ図。

 本センターには、会津大学既存の情報工学技術を境界領域に応用していくことで異分野共同研究の場を設定し双方を刺激して成果を挙げること、産学連携をはかること、学生教育に寄与すること、などの複数の設置目的があります。その一部である研究クラスター ARC-Space は、深宇宙探査ミッションにおける情報工学・ソフトウエア開発の拠点として機能するだけでなく、何らかの光学機器開発拠点のひとつにも成長することが複数方面より期待されています。

 クラスターリーダーとして最初に考えたことは、日本における米国地質調査所情報地質学チーム(*2)のような、深宇宙探査リモートセンシングデータ解析ならびにその支援のための拠点形成を目指すことでした。日本における固体系の深宇宙探査はまだ始まったばかりで、国内既存の深宇宙探査データ解析におけるものとは勝手の異なるものが多く、解析基盤やノウハウも米国ほどは整っていません。元々、研究者個人で融通しあうにも限度があり、人と研究費を集中投入して何か開発・供給・貢献できる体制が作れないか、と日頃から考えていました。そうした動機から、ARC-Space が発足する前から理工学連携のテーマで科学研究費補助金など外部資金を確保し、会津大学内外の研究者が集って幾つかのトピックを手がけてきています。例えば、画像に基づく小惑星形状認識(コンピュータビジョン)(*3)、衝突クレータ等の地形認識・抽出(パターン認識)、不規則形状天体の三次元地理情報システム(コンピュータグラフィクス、可視化技術)(図2)、そして、月惑星GIS協働解析環境基盤の構築(地理情報システム、データベース)といったものがあります。特に最後の地理情報システムに依拠した解析環境は、地球リモートセンシングや月・火星研究分野などでも当然視されつつあり、データの統合解析・地質マッピングなどで今や必須の基盤です。それらを私達ローカルなグループだけでなく、コミュニティに向けて解析環境やそのリソース・解析ノウハウを提供すべく、日々努力しているところです。情報工学の研究のためだけに開発・供給するのではなく、実際にツールのヘビーユーザとしてそれらを基に第一線の理学研究成果を挙げ、理工学双方のコミュニティをリードしたいと考えています。また、日本国内外研究者のデータ解析基盤の整備について、JAXA/ISAS 科学衛星運用・データ利用センター (C-SODA) と協働していければ嬉しく思います。既に始まっているものには、国際惑星データ連合 (IPDA)(*4) の取り組みや、PDS/SPICE ユーザとしてのミッション支援などがあります。


図2 三次元 GIS ツールの表示例:小惑星イトカワ

 続いて、光学機器開発について簡単に触れます。今回 ARC-Space に着任した3教員は、データ解析の経験が深いだけでなく、「はやぶさ」・「かぐや」の機器試験・機上較正・運用などに携わっていた PD です。彼らのノウハウを基に、海外ミッションのおこぼれではない、自前のデータ取得とそれに基づくサイエンスをやりたいという意図があります。すなわち、機器開発・提案まで積極的に踏み込む意思を私達のクラスターは持っていて、ソフトとハードの両方を結びつけた活動をしていきたいと考えています。会津と神奈川県の双方に拠点を置く光学機器メーカーさんとの交流など、幾つかは既にスタートを切っているものがあります。

 最後に、学生の教育というのも大事な観点です。CAIST/ARC-Space は教員だけに閉じた研究グループではなく、ISAS のように大学院生も交えた場を作りつつあります。学生は情報工学の教育体系のもとで学んでいるので、卒業論文・修士論文の2つの応用研究を通じて宇宙科学やミッション特有の知識などを指導することになります。会津大学は実践重視のトップダウン教育、最先端を見せて学生のやる気を引き出す、という特色があり、深宇宙探査プロジェクトへの参画は、学生を引きつける打ってつけの素材となっています。なかなか ISAS ほど濃密な環境で鍛えることは難しいのですが、目を輝かせて研究に取り組む姿は非常に新鮮であり、宇宙開発関係の企業への就職も増えている様子を心強く思っています。ほかにも地元の理科教育振興や月周回衛星「かぐや」打ち上げライブ中継(*5)といったアウトリーチ活動の実績があり、引き続きそうした地元への貢献も果たしていくつもりです。

 CAIST は 4/3 に開所式を行いました。その直後に、国立天文台 RISE 推進室長佐々木晶さん、JAXA「かぐや」LISM/MI の PI である大竹真紀子さんをお迎えして、ARC-Space のキックオフミーティングを開きました(*1,6)。ARC-Space の将来を言祝ぐ話題だけでなく、これからこれだけの人を集めてこれから何を打ち出すのか、突っ込んだ議論が行われました。当面は「はやぶさ」・「かぐや」の地質解析実績を挙げること、月面 GIS サーバを構築して供給すること、そして月惑星データ解析および光学機器開発コミュニティの一翼を担うべく、ミッション参加研究者として積極的な役割を果たしていくこと、が確認されました。今後は、深宇宙探査拠点といえば会津大学 CAIST/ARC-Space の名前が挙げられるように、私達は頑張っていきたいと考えています。どうぞお引き立ての程よろしくお願いします。

*1 会津大学キャンパスニュース『会津大学先端情報科学研究センター(CAIST)開所式』
 http://www.u-aizu.ac.jp/official/news/news187_j.html
*2 米国地質調査所宇宙地質学センター
 http://astrogeology.usgs.gov/
*3 会津大学キャンパスニュース:小惑星イトカワ形状認識成果の Science 掲載
 http://www.u-aizu.ac.jp/official/news/news27_j.html
*4 PLAIN ニュース 第 182 号 笠羽(2008)
 http://www.isas.ac.jp/docs/PLAINnews/182_contents/182_1.html
*5 会津大学キャンパスニュース:「かぐや」打上ライブ中継
 http://www.u-aizu.ac.jp/official/news/news92_j.html
*6 惑星地質ニュース第 21 巻第2号 23 ページ『CAIST/ARC-Space 始動!』
 http://kumano.u-aizu.ac.jp/PlaGeoNews/Site01/PDFs/PlaGeoNews21_2.pdf



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