PLAINニュース第179号
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Sloan Digital Sky Suravey を使ったデータベース天文学 ---
SDSS の公開サービスを使って,特異銀河の伴銀河カタログを作る

山内 千里
宇宙科学情報解析研究系

SDSS とは
 スローン・デジタル・スカイ・サーベイ (SDSS; http://www.sdss.org/) は、全天の約4分の1を可視光 (5バンド) でデジタル撮影し、さらに分光観測も行ない、これらをカタログ化するサーベイプロジェクトです。米国アリゾナ州にあるアパッチ・ポイント天文台の口径 2.5m 広視野望遠鏡をフル稼働させ、現在も観測が続いています。2007 年の 6月に、データ・リリース6 (DR6) が公開され、画像データによる 2億 8700万の天体カタログ、分光データによる 127万個のスペクトルカタログが、誰でも利用できるようになっています。

SDSS のデータ・アーカイブと公開サービス

 言うまでもなく、SDSS のデータ量は天文分野では過去最大規模のものです。例えば DR6 の場合、画像データは 10TB、カタログ (SQL データベース) が 4TB にもなります。最近は 1TB のハードディスクが個人でも手軽に購入できるとはいえ、SDSS のデータを使いたい人全員に SDSS の全データを配布するという事は、コピーにかかるコストを考えると現実的ではありません。したがって、SDSS のデータを効率良く多くの人に活用してもらうためには、ネットワークを用いた公開サービスやクライアント用のツールの整備が重要になってきます。SDSS の公開サービスは、データ・アーカイブ・サーバ (DAS; http://das.sdss.org/) とカタログ・アーカイブ・サーバ (CAS; http://cas.sdss.org/) との 2種類に分けられます。DAS は整約済みの画像データや分光データなどをダウンロードできるだけの簡単なサービスです。CAS は、画像や分光データから得られた天体カタログが入力されたデータベース管理システム (DBMS)、画像の JPEG ファイル、スペクトルの GIF ファイルを持ち、これらをうまく連携させて、利用者の需要にあわせた様々なツールを備えた公開サービスです。SDSS を用いた天文学的研究は、ほとんどが CAS を利用しています。 SDSS の場合、データが均質で品質がこれまでになく高いという事がよく強調されますが、公開サービスの主役である CAS がたいへん秀逸であり、JAXA の「あかり」全天サーベイデータのような大規模データの公開サービスを開発する場合には、絶対に参考にすべきだと考えます。 本稿では、筆者が現在行っている銀河の研究を通して、SDSS の CAS の一部が、どのように役立っているかを紹介しようと思います。

筆者の特異銀河についての研究

 筆者の研究対象は「E+A 銀河」という風変わりな銀河です。星形成がなく、形状が楕円型 (Elliptical) で若い星 (A型星) が多いので、そのように呼ばれています。一般に楕円型銀河は古い星で構成され、渦巻き型銀河は若い星を多く持つのが普通で、楕円型なのに若い星が多いというのはかなりおかしな事です。実際、近傍の宇宙では E+A 銀河は全銀河に対して 0.1%くらいしか存在しません。宇宙には、楕円型と渦巻き型の 2種類の銀河があり、渦巻き型は楕円型へ進化すると考えられています。その過程を明らかにする事は、天文学において重大なテーマです。しかしながら、進化の決定的な証拠となり得る中間的な銀河はこれまでほとんど見つからなかったのです。はい、ピンと来たでしょうか?そうです、E+A 銀河が実はその中間的な銀河ではないか、と筆者らの研究グループは考えています。筆者らは、この E+A 銀河を詳細に調べる事で、この重大なテーマに挑もうとしています。さて、E+A 銀河は、近くの銀河との相互作用で作られるという考えがあります。それが正しいのかどうかを研究していく計画ですが、E+A 銀河のすぐそばに相互作用を起こせる銀河がいるのかをまず調べなければなりません。本稿で紹介する研究は、すぐそばの銀河 (伴銀河) のカタログを構築するというものです。

SDSS の CAS を使って、E+A 銀河の伴銀河を見つける


図1 キットピーク天文台の2.1m望遠鏡で観測したE+A銀河とその伴銀河

  図1 が、SDSS の CAS から取得した E+A 銀河とその伴銀河の JPEG 画像の例です。このような E+A 銀河のすぐそばにいる伴銀河を CAS を使って見つけていきます。まず、E+A 銀河の伴銀河の前に、E+A 本体はどうやって見つけたのかという話になると思います。これは、共同研究者の後藤氏が、DAS から全分光データをダウンロードして、独自の優れた方法で選択しており、それほど CAS のお世話にはなっていないので、省略します。 さて、CAS を使って伴銀河を見つけるわけですが、これには SDSS の CAS からダウンロードできる sqlcl.py というクライアントツールを使います。オブジェクト指向言語 Python で書かれた非常にシンプルなツールで、UNIX 系のコマンドシェル上で動作し、テキストファイルに書かれた SQL 文を CAS の DBMS に送信、その結果を CAS から受けとって表示してくれるものです。660個ある E+A 銀河 1つ1つについて、sqlcl.py を使って CAS の DBMS に問い合わせるようなスクリプトを書くわけです。ここでたいへん便利なのが、CAS の DBMS には、ある天体の付近にいる天体を瞬時に検索してくれる fGetNearbyObjEQ() という SQL 関数が用意されている事で、SQL 文では当然これを利用します。このスクリプトを動かすと、真の伴銀河と伴銀河候補のリストができます。個数はそれぞれ、14個、100個弱でした。真の伴銀河は、分光済みで赤方偏移がわかっているもの、伴銀河候補は分光データがなく、画像上で単に見かけ上近い位置にいるだけで、赤方偏移が不明なものです。

SDSS の CASを 使って、追観測のための視野写真を用意する
 このようにして、真の伴銀河と伴銀河候補を CAS を使って選びましたが、伴銀河候補については、何らかの方法で赤方偏移を測定して、本当に E+A 銀河の近距離に存在するのかどうか調べなければなりません。筆者らのグループは、アメリカのキットピーク天文台の 2.1m望遠鏡の観測時間を得たので、同望遠鏡を使って分光観測を行なう事になりました。観測は、2005年の 9月、2006年の 6月、2007年の 5月のそれぞれ1週間でした。
 ここでも、SDSS の CAS が活躍します。このような追観測では、ターゲット天体が望遠鏡の視野に入っているかどうかを確認するための比較用の視野写真が必要です。CAS では、図1のような JPEG 画像を取得するための Web API が http://casjobs.sdss.org/ImgCutoutDR6/getjpeg.aspx?ra=18.8&dec=-0.86&... という形で公開されており、getjpeg.aspx? の後に様々なパラメータを与える事で、任意の座標の任意のスケールの 1 枚の JPEG 画像を取得する事ができます。追観測での視野写真は、いくつかのスケールの画像が必要です。観測の候補は 100個弱あり、Web ブラウザで 1つ1つダウンロードするのは手間です。したがって、すべての視野写真はスクリプトで取得しました。CAS のように、API の仕様が公開されていれば、このような場合などにたいへん便利です。これも研究者向けのサービスのお手本の1つと言えるでしょう。

さて結果は?
 キットピーク天文台での観測は、曇ったり豪雨にあったり装置が故障したりいろんな事がありましたが、9晩ほど観測でき、17個の新しい伴銀河を見つける事ができました。CAS で得た 14個、過去の研究等で分光観測された 3天体、観測の 17個、それぞれあわせて 34個の E+A 銀河研究史上初の伴銀河カタログができました。 実は、この伴銀河カタログを使って「E+A 銀河には通常の銀河と比べて伴銀河が多いのか?」という重要な問題を統計的に解いたという研究が主題だったりするのですが、その統計処理でも CAS が大活躍する事になります。詳しくは論文をご覧いただくという事にして、ここでは省略します。

まとめ
本記事で紹介した研究事例から、研究者向けの優れたサービスとは
・ある程度利用の見込まれる機能が予め準備されている
・サービスの API が公開されている
・ユーザ側のコマンドラインでバッチ実行可能
・プロトコルは独自ではなく標準のものが使われている

このような条件を満たしていると理想的であると言えるでしょう。
宇宙研の DARTS も SDSS に負けないサービスを提供できればと思います。

参考文献
Yamauchi, Yagi and Goto, 2008, astro-ph/0809. 0890 (MNRAS accepted)
上記論文の References にある論文

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