PLAINセンターニュース第172号
Page 1

「かぐや(SELENE)」観測機器計画立案

山本 幸生
PLAIN センター

はじめに

 愛称「かぐや」で知られる月周回衛星 SELENE は科学観測機器 14 種類と動画撮像が可能なハイビジョンカメラの計 15 種類の観測機器が搭載されている。過去の科学衛星と比較して観測機器の搭載数が多いため、その運用方法と関連するシステムについて紹介する。

運用概要

 SELENE の運用は他の衛星同様「バス系」「ミッション系」と分類される。バス系では衛星の軌道や高度、姿勢、衛星の温度などに対して制御を行い、ミッション系では各観測機器の運用を行う。SELENE の通常の運用では衛星の Z 軸が月心方向を向いており、月面を観測する機器は常時衛星直下を観測していることになる。そのためバス系の主な制御は軌道維持、姿勢(月心指向の)維持、アンローディング、ハイゲインアンテナの制御となる。ミッション系の制御は各観測機器によって様々である。これらの制御を行うために SELENE では「リアル」「ストアード」「タイムライン」の 3 種類のコマンド発行方式がある。リアルコマンドは運用者が管制卓から直接コマンドを発行するものであり、通信回線の確立やデータレコーダの再生、緊急時のコマンドなどはリアルコマンドを用いて実施する。ストアードコマンド、タイムラインは両者とも指定時刻にコマンドを実行させるための仕組みである。両者の違いは数量である。タイムラインは大量のコマンド群を登録できる代わりに一定の塊としてのみ登録可能である。一つ二つのコマンドを登録する場合にはストアードコマンドを用いるが、登録可能な数量はタイムラインと比較して少ない。ミッション系の観測機器の計画立案は全て「タイムライン」上に計画することを方針としている。

計画立案

 SELENE では年間を通した計画を「年間計画」、また 2ヶ月先の計画を「長期計画」とそれぞれ呼んでおり、計画の概要については予め会議を開催し連絡している。これはある機器固有の観測計画が他の機器の観測に影響を与える可能性を考慮したものであり、例えば電力やデータ送信レートなどのリソースや、観測地点の変更するための姿勢制御などを事前調整することを目的としている。

 実際に衛星管制装置に登録するファイル(コマンドインターフェースファイル; cmdi)を作成する作業を「短期計画」と呼んでいる。バス系の立案とミッション系の立案はほぼ独立に作業可能であるため、それぞれ独立に計画の立案・チェックを行い、最後にマージしたのち最終確認を行う。ミッション系は観測機器の数が多くチェックするために時間を要するため、短期計画をさらに「短期計画1」「短期計画2」と分離し二段階で立案作業を実施している。

 短期計画1はミッション系として問題のない立案であることを確定する作業である。観測機器チームは1週間に1度、計画立案のために運用要求言語 (ORL)で記述されたファイルを作成する(図1)。軌道情報はそのまま利用が困難なため、軌道情報から導かれる「イベント時刻対応表」を利用する。イベント時刻対応表はその名の通り「時刻」と「イベント」を対応させたものである。イベントの種類としては昇交点通過や北極通過などの月面上の位置や、日陰日照などの観測条件、地上のアンテナと SELENE がリンクできるかどうかなどの条件、更にはアンローディングや観測禁止区間などシステム側で規定した人工的なイベントを含んでいる。
 観測機器チームはイベント時刻対応表を所定のファイル配信用端末から取得し、立案期間の計画を ORL ファイルとして作成し、ORL 登録装置に登録する(図 1)。各観測機器から登録されたファイルはプリチェック装置に集約され、ミッション系計画立案担当者が ORL ファイル群を ISACS と呼ばれるコンパイル装置でコンパイルすることによってcmdiファイルが作成される。ここで作成された cmdi ファイルはミッション系計画立案担当者がチェックするとともに、観測機器チームへと配布され、問題がある場合には再度登録してもらうことになる。
 衛星を危機的状況に陥らせないか、また異なる観測機器同士で排他条件になっていないかなど、観測機器チームだけでは確認が困難な項目についてはミッション系立案担当者が確認を行う。そのため短期計画 1 は計画立案期間の約2週間前に立案を開始し、1 週間前には計画を確定する方針で運用を行っている。


図 1

 短期計画 2 は短期計画1で確定したミッション系の計画をバス系とマージするための作業である。最新の軌道情報を用いるため立案期間の 2,3 日前に実施する。そのため短期計画 1 で使用した 2 週間以上前の軌道情報とは幾分かのずれが生じる。この差異を吸収するために、観測機器チームは「昇交点通過時刻からの相対時刻」を用いて立案するルールとなっている。また精度の高い軌道情報を必要とするハイビジョンカメラによる地球撮像計画や、他の機器との調整が不要なデータレコーダの運用は短期計画 2 で立案している。短期計画 2 は短期計画 1と異なり週に 2 回軌道情報の更新とともに実施している。
 実際の作業は図 2 で示す通りである。まずミッション系は最新軌道によるイベント時刻対応表と確定した ORL を使用してミッション系のみのコマンド計画を立案する。このとき軌道のずれによって問題が生じることもある。またデータレコーダの ORL についてはミッション系の計画立案担当者が作成し立案を行う。バス系とのマージ作業については ORL ベースで行い、バス系の立案担当者によって ISACS を用いてコンパイルされ最終的に衛星管制装置に登録される cmdi ファイルが作成される。


図 2

現在の問題点

 観測機器チームとの十分な調整期間を設けたことが、立案時と実際の運用時の軌道ずれを拡大化してしまっている点があげられる。例えばアンローディング中はガスが噴射されるため高圧機器は OFF となるように立案しているが、軌道がずれた場合にはアンローディング中に高圧機器が ON のままであるケースが発生する。もちろん本計画がタイムラインとして採用され実行されたとしても、衛星の自律化機能によってアンローディング前に確実に OFF されるのだが、自律化機能によって OFF された場合には通常の手順とは異なるため高圧機器の再立ち上げを行う必要がある。実際にはこのようなケースは短期計画 2 で綿密にチェックされるため非常に稀であるが、短期計画 2 では観測機器チームとの調整時間が短く、必ずしも適切に取れるとは限らない可能性がある。その場合はコマンドを削除せざるを得ず、「衛星の正常状態を保つ」という意味では問題とならないが「観測機会の喪失」という意味では深刻となる。

最後に

 SELENE における計画立案は周回型の衛星や観測機器を多く持つ衛星では応用が効くと考えている。SELENE の経験は運用要求言語の改訂や観測機器チームとの調整方法の改善を示唆しており、今後多くの衛星でより運用負荷の少ないシステムを構築できれば幸いである。

このページの先頭へ



この号のもくじ へ

"JUDO"しましょう! へ


( 658kb/ 4pages)

Next Issue
Previous Issue
Backnumber
Author Index
Mail to PLAINnewsPLAINnews HOME