PLAINセンターニュース第145号
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INTEGRAL 衛星のデータ処理(1)

海老沢 研
PLAINセンター

 私は 2001年8月より 2004年12月まで、NASA/GSFC から派遣され、ジュネーブの INTEGRAL Science Data Centre (ISDC; http://isdc.unige.ch)にて、INTEGRAL 衛星のデータ解析とプロセシングシステムの開発に参加した。公私にわたりジュネーブ時代の思い出話しは尽きないが、ここでは私が深く関わってきた INTEGRAL 衛星のデータプロセシングを二回にわたり紹介する。

 INTEGRAL (INTErnational Gamma-Ray Astrophysics Laboratory) 衛星計画は、アメリカの CGRO 衛星、ロシアの GRANAT 衛星に続くべきガンマ線天文衛星として、ヨーロッパ宇宙機構 (ESA) によって 1993年に承認された。ESA 加盟17カ国、ロシア、アメリカの共同プロジェクトである。衛星の総重量は4トン、2002年10月17日、カザフスタンからプロトンロケットによって打ち上げられた。近地点 9000km、遠地点 154000km の長楕円軌道で、周期は3日である。IBIS (ガンマ線撮像), SPI (ガンマ線分光)、JEMX (X線撮像),OM (光学モニター)という4つの観測装置を積んでいる。IBIS のエネルギー範囲は 15 keVから10 MeV、SPI は20 keVから8 MeV、JEMX は3 keVから35 keVである。

 ガンマ線は透過力が強く、光や軟 X 線のように反射鏡を使って結像させることができないため、INTEGRAL の各検出器は coded mask というテクニックを用い、天体からのガンマ線が検出器上に作るマスクの影のパターンから、天球上の位置を決めている。IBIS, SPI, JEMX の位置決定精度は、それぞれ約1分角、10分角、30秒角である。Coded mask の宿命として、検出器の一部でしかガンマ線を受けられない一方、バックグラウンドは検出器の全面積に比例する。よって、S/N は結像系の検出装置と比較するとはるかに悪い。IBIS の感度は約 1 mCrab (100 keV), SPI は 50mCrab (100 keV)、JEMX は 1mCrab(30 keV)である。それでも IBIS は 20keV 以上の撮像衛星では過去最高の感度を誇り、今までの衛星では見つけられなかった、20keV より上では明るいが大きな星間吸収を受けて低エネルギー側では暗い天体など(厚い殻に覆われた中性子星と考えられている)を、続々と発見している。また SPI は19台の冷却したゲルマニウム検出器を搭載し、ガンマ線領域では過去最高のエネルギー分解能 (1.33 MeV で 2.5 keV) を誇る。銀河中心領域からの電子・陽電子対消滅線 (511keV)の空間分布を正確に決定したことなどが大きな成果である。

 INTEGRAL 衛星の運用計画と指令コマンドは、INTEGRAL Science Operation Centre (ISOC;最近オランダの ESTEC からスペインの VILSPA に移動)が作成し、Darmstadt (ドイツ)の European Space Operations Centre (ESOC) から発信する。データはやはり ESOC で受け取り、ジュネーブの ISDC に専用線で送信される。長楕円軌道衛星のため、3日周期のうち South Atlantic Anomaly を通過する短期間を除いて常に受信可能、データはほぼリアルタイムで ISDC に送られてくる。ISDC の任務は、

  1. 受信データをリアルタイムモニターし、ガンマ線バーストや X線トランジェントなどの突発現象を世界の天文コミュニティーにアナウンスすること、
  2. データを高度にプロセスし、ただちに使用可能なアーカイブスとして世界中の天文学者に供給すること、
  3. 使いやすいデータ解析ソフトウェアを開発し、INTEGRAL のユーザーをサポートすること

である。

 INTEGRAL の観測計画は、他の天文衛星同様、衛星のチームメンバーによるもの(コアタイム)と一般のゲストオブザーバー (GO) から募集したものから成る。コアタイムは、個別の天体の観測の他、銀河中心領域の深探査や銀河面のスキャンなど、科学的に重要なテーマに多くの時間が割かれている。GO プロポーザルは世界中から募集され、厳しい審査の後に採択されたターゲットが観測される。すべての観測データは一年の優先期限の後にアーカイブス化され、誰でも自由に使えるようになる。

 高いバックグラウンドのシステマティックな影響を見積もるため、また SPI の粗い coded mask の空間パターンを補正するため、観測は約30分毎に視野を数度ずつずらしていく「dithering」によって行われる。ひとつのターゲットの平均観測時間は100ksec 程度なので、それは少しずつ位置のずれた50ほどのポインティングデータから成る。このような独特の観測手法を踏まえ、coded mask パターンを用いた画像処理 (deconvolution) など、INTEGRAL データから科学的情報を引き出すための解析ソフトウェアシステムを確立することが ISDC の課題であった。

(以下次号に続く。)




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