PLAINセンターニュース第133号
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設計の最適化について(3)

大山 聖
JAXA/ISAS
宇宙輸送工学研究系

1. 航空機エンジン圧縮機の空力最適化
2. 遷音速翼の複合領域最適化
3. 環境適応型高性能小型航空機の主翼複合領域設計
4. おわりに


 前回前々回と設計最適化問題とそれを解くための最適化手法についてお話しさせていただきました。今回は実際に多目的最適化問題に最適化手法を適用して解いた例をいくつかご紹介します。

1. 航空機エンジン圧縮機の空力最適化

 はじめに、航空機エンジン圧縮機の空力設計最適化問題に最適化手法を適用して解いた例を挙げる。ここで対象とするのは図1に示す4段の軸流圧縮機である。設計問題を定式化すると以下のようになる。
 設計目的: 全圧比の最大化
       圧縮効率の最大化
 制約条件: 発散係数<0.55
 設計変数: 全圧とソリディティ(動翼)
       流れ角とソリディティ(静翼)


図1. 4段軸流圧縮機の流路の断面図
Inlet Guide Vane と四つの Rotor および Stator からなる。

 航空機エンジン用圧縮機には全圧比をなるべく大きくしたいという要求と効率をなるべく大きくしたいという要求があり、唯一の最適な解ではなくパレート最適解群(妥協解群)を持つ。よって、パレート最適解群を効率的に得ることができる多目的進化アルゴリズムを使って最適化を行う。設計候補の全圧比および圧縮効率は数値流体力学(CFD)で求める。設計変数はスパン方向5点で定義された8つの翼のソリディティおよび全圧(動翼)もしくは流れ角(静翼)分布である(トータルの設計変数の数は 80)。計算時間は SGI ORIGIN 2000 で約28時間であった。
 得られたパレート最適解群の効率および全圧比を図2 に丸で示す。初期設計に比較して優れたパレート最適解群が得られていることがわかる。同じ図で四角で示すのは勾配法による最適化により得られた最適解である。多目的問題を単目的問題に変換する際に用いられる係数を 11 通りに変えることで 11 個の個体を得ている。この図からも勾配法ではパレート最適解群を一様に得ることができていないことがわかる。白抜きの丸で示しているのは勾配法で得られた解をさらに進化アルゴリズムで最適化して得られた最適解群である。少ない空力評価回数でより広範囲にわたるパレート最適解群を得ている。勾配法はパレート最適解群を効率的に得ることは難しい反面、局所的な探査には優れているため、勾配方と進化アルゴリズムのハイブリッド化は最適化手法の効率を向上させる上で大きな可能性を秘めている。

図2.パレート最適解群の分布


2. 遷音速翼の複合領域最適化

 次に、図3に示す翼平面形を持つ航空機主翼の複合領域設計を考える。航空機主翼の設計においては、空気抵抗をなるべく小さくしたい、構造重量をなるべく小さくしたいというふたつの相反する目的がある。最適化問題を定式化すると以下のようになる。
 設計目的: 空気抵抗の最小化
       構造重量の最小化
 制約条件: 一定の揚力を持つ
       応力が許容応力を超えない
 設計変数: 各翼断面の形状パラメータ
       各翼断面のねじり角
 ここで、翼断面形状は図4に示す 10 変数で表現することにする(ΔZTE は 0 に固定)。翼断面形状パラメータとねじり角は4つの翼幅位置で定義され、合計の設計変数の数は 43 となる。空気抵抗および揚力は CFD で求めることとし、翼の重量および翼にかかる応力は Wing box を片持ち梁と仮定して材料力学的に求める。揚力に対する制約条件は迎え角に対して揚力が線形に変化することを利用して迎え角を変えることにより満たす。設計目的が二つあるため多目的進化アルゴリズムを使って最適化を行う。


図3.翼平面形状

図4.翼断面のパラメータ化手法


 最適化により得られたパレート最適解群の空力抵抗係数と構造重量をプロットしたものを図5に示す。この図から二つの目的間のトレードオフ情報を見て取ることができる。参考のため、Boeing747 主翼のデータを四角で示す。


図5.パレート最適解群の分布


 これらの解の中から抵抗が一番小さい解(重量は最も大きい)、重量が一番小さい解(抵抗は最も大きい)、および抵抗も重量もほどほどに小さい解の揚力分布を図6に示す。抵抗最小の解は理論的に誘導抵抗が最小になることが知られている楕円分布になっている。一方、構造重量を減らすためには翼根でより揚力を稼ぐ必要があることもわかる。


図6.最適翼型の揚力分布


3. 環境適応型高性能小型航空機の主翼複合領域設計

 最後に、三菱重工業・JAXA・東北大学などで設計を行っている 30-50 席クラスの小型ジェット機主翼の複合領域最適設計の例を挙げる。最適化問題は以下のように定式化される。
 設計目的: 消費燃料の最小化
       最大離陸重量の最小化
       発散マッハ数抵抗の最小化
       翼構造重量の最小化
 制約条件: フラッタ速度
       構造強度
       後桁高さ
       前後桁が翼幅方向に単調減少
       必要燃料重量>搭載可能燃料重量
       発散マッハ数揚力
 設計変数: 翼形状パラメータ
       Wing box の板厚

 構造強度およびフラッタ解析にはパネル法および市販の NASTRAN を用い、空力性能の計算には CFD を用いる。消費燃料および最大離陸重量は機体重量・空力性能・翼平面形状から経験式により求める。最適化のフローチャートを図7 に示す。ひとつの設計候補の計算時間は NEC SX-5 を使って約4日である。


図7.最適化のフローチャート
(図をクリックすると拡大されます。)


 最適化により得られたパレート最適解群の分布を図8 に示す。今回の手法ではそれぞれの設計候補について構造重量を最小化して翼構造を決めるため、消費燃料、最大離陸重量、発散マッハ数抵抗の三次元分布で示す。まだ計算途中であるため明確なトレードオフ情報は得られていないが、計算を進めれば、これらの目的関数間のトレードオフ情報が得られると考えられる。


図8.パレート最適解

4. おわりに

 以上、最適化問題、最適化手法、および最適化手法の適用例について簡単に説明させていただきました。最適化問題は工学・理学のさまざまな場面で表れます。これらの最適化問題を解く上で最適化手法は大きな助けとなります。
 最適化手法をこれから使ってみようと思われる方は PLAIN センター所有の商用最適化ソフトウェア iSIGHT を使ってみるとよいかと思います。また、iSIGHT のテキストには最適化手法についての基礎がわかりやすく書かれているので、参考になるかと思います。多目的最適化問題によく使われる進化アルゴリズムについて詳しく勉強したい方は Kalyanmoy Deb 著の Multi-Objective Optimization using Evolutionary Algorithms (John Wiley & Sons, Ltd) をご一読されることをお勧めします。



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